スタート15秒前、空気は透明だった。
今朝、目が覚めてからずっと、彼は布団の中で今日のマラソン大会のイメージを何度も繰り返していたから、スタート地点についた今、どこか懐かしいような妙な気分さえしてくるのだった。同じ学年の全男子が集まり、我こそが前へ前へと最前列にせり出してくる。彼はわざと2列目のポジションを狙いたくて、前へ出たり後ろに下がったりして調整をした。いよいよ体育の先生が黒いピストルを持って現れた。誰かが「ひゃー!」とおどけた声を出した。緊迫した空気を壊したかったらしい。(でもその効果はなかった)先生の手がまっすぐに頭上にあがると、パン!と乾いた音が鳴った。足は羽のように軽く、自分のものじゃないみたいだった。友達の半ズボンからでた膝裏のくぼみが、緊張した顔のようだ、とおもった。