終わりから、はじまる。
シューシューとお湯の沸く音に包まれた、ちいさな映画館。彼女は入り口のちいさな窓ごしに座り、今年最後の回の切符を切っている。もう少ししたらこの窓に、ちいさなカーテンをひく。そうすれば今年の勤務はおしまい。ときおり映画の本編の音が聞こえてくる。クライマックスにさしかかっているのだろうか。
映画が好きでついた仕事なのに、逆に映画を観なくなってしまった。目を輝かせて切符を買う人たちを、映画館の中に送り込んでいくうちに、いつのまにか世の中の観客になってしまったようだ。たったひとりの観客に。
彼女が今年最後の幕引きをしようとしたとき、ちいさな窓の下から手が入ってくるのが見えた。「申し訳ございません。もう終わりなんです。」その手は彼女の手をぎゅっと掴んだ。反射的に彼女は手を抜こうとしたけれど、無理だった。冷たい大きな手の持ち主は、春に別れた恋人のものだった。「やっぱり終われない、終われないんだ。」彼の言葉はどんな映画のセリフよりも、彼女の胸に染み込んでいく。ちいさな窓は、ふたりの熱で曇っていく。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。