369

くちぶえの歌詞。

〜♪おとといの悩み覚えてる/去年の今ごろ何に悩んでいたか覚えてる/ほらねほらね/私たち忘れっぽいのが特長です/だからだから/明日の心配いらないね/未来は未来にまかせましょ/ピューピューピュー(ある方が吹くくちぶえに歌詞をつけました♪)

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

368

ヒカリのあてかた。

どうしたの。ため息ついているの。泣いているの。ちからがでないの。スポットライト、どこにあててる。かなしみばかりを照らしていない。でも、ほら。こんなにいいことも、こんなに楽しみなことも、こんなにめぐまれてることも、あるね。ヒカリがあたっていないだけで、にっこりなこと、たっぷりあるね。あなたの照明係は、あなただからね。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

367

ハイキングのお供に。

アドリブの歌を口笛で吹くこと。芝生の上をゴロゴロしてみること。おにぎりもサンドイッチも両方食べること。ダルマサンガコロンダ!って100年ぶりに叫ぶこと。太陽のヒカリをサングラスなしで浴びること。炭酸のチクチクを喉に流し込むこと。残した仕事のことを思い出さないこと。ピョンピョン飛び跳ねてみること。おてんばに戻ること。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

366

初版バー。

本屋の一番奥にある『人間失格』の背表紙を指で押すと、その棚は回転する。と、目の前に暗闇のバーが現れる。マスターが振るシェイカーの響きだけが、空間の輪郭をあらわしている。しだいに目が慣れてくると、数百冊もの本が天井まで並んでいることに気がつく。カウンターには常連の女優が座っている。彼女は紫色の着物に銀色の帯、細い腕のたもとからは赤い襦袢が見え隠れする。逆三角形のグラスには、氷の星屑が舞うギムレット。女優は本の表紙を眺めながら飲んでいる。このバーに存在する書物は全てが初版本だ。コレクターが知ったら、震えてしまうほどの希少なものばかりだ。しかし本を手に取りページをめくる客はいない。本というプロダクトに囲まれることも”読書”のひとつだという、このバーの意図を理解しているのだ。この世で最も贅沢な読書なのだ、と。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

365

シミ抜きノート。

こころの中に居座っている、おもーい問題。シクシクと痛みだす、むかし言われたあの言葉。だんだんせまってくる、ユウウツな予定。影のようについてくる、ぼんやりとした不安。あなたをくすませているものぜーんぶを、ノートに写し出してみよう。コツコツと鉛筆動かして、真っ白なノートを真っ黒にしよう。手が疲れたなーと感じたら、合図です。スーッと風が通ります。空が広いなーと気づきます。あなたのシミ抜き、無事完了したようです。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

364

あじさいのかくれんぼ。

雨宿りするふりして、渡り廊下で彼を待ってる。偶然をよそおって、一緒に帰る作戦なのだ。放課後は泣きたくなるほど静か。雨の音はだんだんと小さくなっていく。(お願い、雨よ、もう少しだけ降り続けて)私のカバンの中には小さな傘が入っていること、彼のことが世界一好きなこと。雨粒をのせてまばたきするあじさいの花びらに、私の秘密をそっと隠しておこう。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

363

カーテンを開ける人、閉める人。

カーテンを開ける人でありたい。新しい世界をジャーンと幕開けさせる人でありたい。変わることを恐れずに、まだ見ぬ風景へすすむ人でありたい。/カーテンを閉める人でありたい。幕の内側にあるものを、ずっと見つめ続ける人でありたい。今ある温かさにやさしい視線を落として、じんわりと時を味わう人でありたい。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

362

天の気分予報。

今夜は遅くから、キャラメル味のポップコーンが降るでしょう。映画を観る方は、受けとめるお皿をお忘れなく。明日の午前中は、虹色のビー玉が降るでしょう。お子さまのおもちゃ、またはご婦人のアクセサリーにご活用ください。午後からは風が強いので、紙ヒコーキを飛ばすにはもってこいでしょう。天の気分はそんな感じです。すてきな一日を!

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

361

エレヴェーターミュージックの罠。

商談はホテルの高層階にあるラウンジで行われた。髭をたくわえた、腹部が出っ張った、オニキスのカフスをしたビジネスオーナーは、最後まで首を縦に振らなかった。しかし依頼主は、オーナーのこころの中が透けてみえるようだった。すでに答えは「YES」に決まっているのだ。ただ単に、じらしているだけのことだった。二人は席を立ち、エレヴェーターホールへ歩き出す。チン!という金属音とともに、エレヴェーターのドアが開いた。ヴィンテージの家具をおもわせる、木造りの壁が輝いている。赤い絨毯にはホテルのロゴマークが記され、天井には暖色系のランプが仕込まれていた。二人きりの空間に、エレヴェーターミュージックの存在が際立った。曲はポール・モーリアの「恋はみずいろ」だった。ビジネスオーナーは、遠い目をして聞き入っていた。彼は青春時代のあまく切ない気持ちに浸っていた。駆け引きなんて知らなかった、あの頃の自分。エレヴェーターは一階に到着しドアが開いた。その瞬間「やはりあなたと組みたい。私の率直な気持ちだ。」とオーナーは言った。エレヴェーターミュージックは、ビジネスに効く。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

360

スパイス売りの少女。

さぁよっといで!好きがぼやけているなら、我慢が得意になったなら、人生にあくびが連発するなら。ピリッとこころを裂いてやる。用心深く歩いても、魅力なんて生まれてこない。ヒカリばっかり求めるよりも、ときには闇の道を選んでみてよ。さぁさ、目が覚めるような刺激、浴びてみてよ。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com