144

青いクレヨン。

真っ白い画用紙になに描こう。そうだ、大きな橋を描こう。画用紙の端から端までつながっている大きな橋。そして空を描こう。青いクレヨンだ。鳥が飛んで、雲が浮かんで、空はずっと高くて、高くて。青いクレヨンは画用紙からはみ出してしまった。でも、かまわない。空はずっと高いから、廊下からドアの向こうまで続いていて、ぐんぐん伸びていって、家からもはみ出してしまった。ペットショップを過ぎて、パン屋を過ぎて、公園を過ぎて、そろそろ右手がいたくなってきたけれど、かまわない。空はどこまでもつながって、あっ海が見えてきた。砂浜を通り過ぎて、海の中に入ったら、青いクレヨンは海に溶けていった。海を両手ですくってみた。空の青とクレヨンの青が混ざってきれい。あんなに高い空をいまこうして触っている。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

143

コトバとバトコ。

バトコはコトバがきらい。

だって口にしたとたん変色してしまうから。

賞味期限は1秒もない。

だからホントのことはぜったい口にしない。

バトコはコトバがうまい。

相手がよろこぶコトバはすぐわかる。

バトコのコトバはダンスをしているようだった。

くるくると自由に踊り続けるコトバ。

バトコはきょう夕焼けを浴びた。

そうしたらホントのことが言いたくなった。

バトコはオトコに電話をした。

「あたし…」というコトバしか出てこなかった。

そうしてずっと涙をながしていた。

バトコは初めてホントのコトバを口にした。

 

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142

チョコレイトのもらい方。

僕の席とあのこの席はちょうど教室の対角線上にあって、クラスの中で一番離れている。それでも僕は、1日に1度あのこに話しかけることにしている。ジョークが面白いわけでも、足がはやいわけでも、絵が上手いわけでもない僕は、きっと印象が薄いやつ、なんだとおもう。だから、あのこにとって“なんとなく気があう”ポジションをねらってきた。

2月14日の今日は、あちらこちらでなんだかフワフワした空気。女子同士でヒソヒソ&キャッキャ。隣の席のやつは「ちょっといい?」と、顔を赤らめた女子に廊下へ呼び出されていった。あのこをチラチラと観察する。大きな動きはなさそうだ。僕にチョコをくれなくても落ち込まない。他の誰かにチョコを渡すのだけはやめてほしい。かみさま、それだけはカンベンしてほしい。

すべての授業が終わり、何事もなく僕は校庭を歩き出す。タッタと足音が聞こえてきたと思ったら、あのこが僕に追いついてきて、僕のポケットに何やら入れた。そしてタッタとかけていった。ポケットから出てきたのは小さなメモ紙。“どんなチョコが好き?明日おしえて!”と書いてあった。僕はこころの中で飛び上がった。こころの中でガッツポーズをした。あのこのこういうセンスが大好きなんだ。

 

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141

満員電車の山登り。

帰宅ラッシュの地下鉄。人と人のあいだにギューッと挟まれて、身体を半分くらいの薄さにしながら、人差し指と中指でピースサインをつくり、肩にかけたカバンの口になんとか風穴をあける。さぁ、ちょうどカバンの中に手首が入る格好になった。彼女は猛烈にリップクリームを取り出したい。カサついた唇に今すぐうるおいを与えたい。指先に全神経を集中させて、モノの素材を感じとる。これはダイアリー、これはハンカチ、これは鍵。カバンの中が、真っ暗なゴツゴツした岩山の風景に変わる。下に下に指先を降ろしていくと、革のポーチにたどりつく。冷たいジッパーをつまみ横に引く。指先はポーチの中に眠る細い円柱型のリップクリームに到達する。人差し指と中指でリップクリームを挟む。岩の障害物たちをかわしながら、UFOキャッチャーの要領で用心深く上へ上へと引き上げていく。もう少しでカバンからリップクリームが救出されるその瞬間。アーーーーーーッ。地下鉄は大きく前へ揺れ次の駅に止まり、リップクリームは指先から離れ、グランドキャニオンに落ちていった。彼女は深めのため息。地上に上がったらリップクリームを三度塗りしてやろうと心に誓う。

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140

Reわたし

彼女は元気が出なかった。

だからベッドの上にずっといた。

ベッドの上で少し泣いた。

ベッドの上でシュークリームを食べた。

ベッドの上で日記を書いた。

ベッドの上でマンガを読んだ。

ベッドの上でストレッチをした。

ベッドの上でバカンスの計画をたてた。

ベッドの上で水着とワンピースを買った。

ベッドの上で白ワインを飲んだ。

ベッドの上で冬眠した。

朝がきた。

鏡をみた。

肌と瞳と髪の毛が新品になっていた。

彼女はすぐに出かけたくなっていた。

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139

ナポリタンまでの距離。

エレヴェーターに乗り込む。空に浮いた小さな箱は、吸い込まれるように下降していく。夕刻の大通りを歩き出す。トレンチコートのボタンをひとつ、ふたつはずす。彼はまるでネオンライトの海を泳ぐように、器用にスイスイと前へ進んでいく。

重いドアを開けると、たちまち鈍い爆発音がこだまする。湧き上がる歓喜の声。異次元を作り出す空間。ここはボーリング場だった。彼は奥のコーヒーカウンターに進む。8脚の白いストゥールは固定されており、オレンジ色のカウンターは半円を描いている。「バドワイザーとナポリタン」彼は座ると同時に注文する。「あなた最後にボーリングをしたのは、いつ?」還暦を過ぎたママは相変わらずの美人だ。豊かな髪は栗色に染まり、透明感のある肌は品を醸しだしていた。

「20年くらい前かな」「飽きもせず、ボーリング場のナポリタンを食べ続けてくれるのね」彼はここの冷たいビールと真っ赤なスパゲッティナポリタンを味わうためだけに、ボーリング場にもう何十年も通っているのだった。

彼はボーリング場の音が好きだった。それは破壊と再生の音。どんなBGMよりも心地いい。冷えたバドワイザーをグラスに注ぎながら、彼はぼんやりと考えていた。この感覚と似ているもうひとつの場所がある。それはガソリンスタンドのウェイティングスペースだ。簡単なソファーに座り、自動販売機から出てくる紙コップのコーヒーを啜るのがたまらなく好きだった。ある惑星の一番端に確保された自分の居場所。ボーリング場もガソリンスタンドも、本来食事をしたりコーヒーを飲む場所ではない。サーヴィスとしてのささやかな場所だ。この距離感がたまらなく心躍らせるのだ。銀色の皿にのった真っ赤なナポリタンが、いま目の前に届いた。

 

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138

マヨネーズの最終回。

うちに来たときには、

ふっくら丸顔でつやっつやで。

テーブルに佇んでいるだけでサマになった。

うちの家族はあなたのことが大好きだから、もう取り合いでね。

あなたはあっという間に痩せていっちゃった。

お腹がへこんでもう自分で立てなかった。

いよいよ息子があなたに空気を入れて、逆立ちさせたわ。

そうしたら少しだけ元気になったわね。ありがと。

すべてを出しきったのは、

今朝のハムとキューリのサンドイッチのときだった。

最終回のあなたは素晴らしかった。

とてもすがすがしい顔をしていたわ。

 

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137

終わりから、はじまる。

シューシューとお湯の沸く音に包まれた、ちいさな映画館。彼女は入り口のちいさな窓ごしに座り、今年最後の回の切符を切っている。もう少ししたらこの窓に、ちいさなカーテンをひく。そうすれば今年の勤務はおしまい。ときおり映画の本編の音が聞こえてくる。クライマックスにさしかかっているのだろうか。

映画が好きでついた仕事なのに、逆に映画を観なくなってしまった。目を輝かせて切符を買う人たちを、映画館の中に送り込んでいくうちに、いつのまにか世の中の観客になってしまったようだ。たったひとりの観客に。

彼女が今年最後の幕引きをしようとしたとき、ちいさな窓の下から手が入ってくるのが見えた。「申し訳ございません。もう終わりなんです。」その手は彼女の手をぎゅっと掴んだ。反射的に彼女は手を抜こうとしたけれど、無理だった。冷たい大きな手の持ち主は、春に別れた恋人のものだった。「一度終わったけど、またはじめたいんだ。」彼の言葉はどんな映画のセリフよりも、彼女の胸に染み込んでいく。ちいさな窓は、ふたりの熱で曇っていく。

 

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136

わたしは女優。

両手の指先のもっと先まで伸ばして踊るの。

あごの角度、首筋と腰のラインが美しいのはわかってる。

子猫よりも軽やかに歩くこともできるの。

長い睫毛をゆっくりあげて、

じっとキャメラを見つめると、

監督が喜ぶことも承知だけれど。

わたしの目の奥にいるわたしのこと、誰も知らない。

海も、空も、太陽も、風も知らない。

知るわけがない。

いつも1mmだけ残してる。

受動の奥にある能動。

手のひらの短い生命線をたどっていくと、

自由がひろがってること知っている。

うっとりとため息をついてしまう。

 

*アンナ・カリーナに捧ぐ。

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135

小指くらいの小さなはなし。

わたしのいちばんどこがすき、と聞かれたから。

僕はマグカップを持つ指のカタチが一番すき、とこたえた。

ガールフレンドの顔はぐんぐん曇っていった。

そしてコートをひるがえして去っていった。

どうして。性格や顔なんかより、

指のカタチが何よりも大切な男だっているのだ。

指ってそのひとらしさ、そのものだとおもうから。

そうだ、僕はガールフレンドの指にふさわしいリングを買おう。

小さな箱につつんでもらおう。

彼女はあの指で受け取ってくれるだろうか。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com