
断らないタイプの男。
映画館を出ると陽が落ちていた。ラストシーンが頭の中で何度もリピートされる。まわりの観客は泣いていたようだったが、ついに涙までは出なかった。赤や黄色のネオンが彼の白いシャツに映り込む。「ウイスキー専門のバーが開店しました!」スレンダーな女性がショップカードを渡す。そして受け取る。「コンタクトレンズがお安くなっています!」筋肉質の男性がチラシを渡す。そして受け取る。彼はアルコールが飲めないし、コンタクトレンズも必要がなかった。しかし軽く会釈までして、ただ何となく受け取ってしまうのだった。彼は人生で断った経験が、数えるほどしかなかった。頭の中で映画のラトシーンを反芻する。自分に惚れている女にきっぱりと別れを告げる主人公。彼にはわかっていた。自分が断らないのは優しさではない。臆病なだけだと。夜の繁華街を歩き続ける。星のない夜空を見上げる。彼は決心した。彼は自由になりたかった。40億の遺産を受け継ぐことを断ろう。断ることで新しい人生が始まるのだ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。