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サーカス娘のなみだ。

海沿いに建つ白いサーカス小屋。たなびく旗の色は抜け落ちている。楽団の演奏が力強く響き渡る。今日も大入り満員だ。

楽屋では娘が一人、鏡の前で頬杖をついている。長いまつげは漆黒で、下まぶたには細かい銀色の粉が仕込んであった。金色のゆたかな髪の毛はてっぺんでひとつに結い、明るいブルーの羽が耳元から生えていた。

娘は深いため息をつく。「あぁ、なんて綺麗なの」雪より白い肌は内側から光があふれ、水より澄んだ瞳はどこまでも深みがあった。

自分のあまりの美しさに悲しくなってしまった。いつかは朽ちていくのだろうか。このまま鏡の前に座り続け、1秒もよそ見をせずに見張り続けていたら、にじり寄ってくる老いをはねのけることができるのだろうか。

なみだが目の淵に盛り上がると、すぅーっと頰をつたっていく。なみだはマスカラを道連れに肌に跡をつけて、黒い線がいくつも描かれた。鏡の中の娘は奇妙なピエロの顔になっていた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

 

 

 

 

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一冊のノートブックが僕の部屋。

夜の小雨を歩き続けていたら、こころが地面に埋まりそうになる。

ジブンの部品が、もうすぐバラバラになってしまう。

こころが入った身体はとても重い。

きもちの居場所がなくなった。

そして彼は深夜にノートブックを買った。

ジブンと話すことにしたのだ。

そのままの気持ちを書くのだ。

誰にも読まれない長い文章を。

誰にもノックできないノートブックという部屋で。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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2:47PM〜にたぶんふさわしい内容。

ハンバーガーショップのラジオからは、スペイン語が聞こえてくる。(学生時代の第二外国語がスペイン語だったからなんとなくわかる)中年女性のパーソナリティと、若い男性のゲストとの会話が繰り広げられている。昼下がりのまったりムード満載、といった感じだ。

中年女性は大爆笑、若い男性はジョークらしきものを連発していく。“僕はモテない。どうしたらいいでしょう?”といった内容らしかった。トークの合間に曲が流れてきた。悲しみにむせび泣くようなトランペットのイントロ、女性ヴォーカルの艶っぽい歌声。たぶん“あなたが朝も夜も忘れられないの”らしき内容だった。

ハンバーガーショップのカウンターの奥から、皿が数枚(たぶん6枚〜10枚くらい)割れた音がした。その瞬間、家の冷蔵庫には卵があと1個くらいしかないことを思い出した。コーヒーの残りを飲み干したら卵を買って帰ろう。

79

天秤座のうた。

鏡に映った自分の肌がまるで3歳児みたいにピュアだったので/オードトワレひとふりして透明のマスカラ塗ってタクシーでデイトへGo/恋人とマスタード色の街並みに染まったら予定変更/フレンチよりもマスタードたっぷりのハンバーガーを食べに行こう/おなかが満足したら欲しかった涙型のイヤリングが頭に浮かんでブティックへ/店先にあるダルメシアンの置物が急に動いたから「きゃぁ!」/本物だったなんて大笑い/うそみたい!で大笑い/いろんな人から何座なの?聞かれるけれど/星座なんて興味ない/踊れる曲が聴きたいな/ヴィブラフォンが夢のように響くやつ/シュリンプカクテルとチョコレートシェイクって意外にあう/明日の天気なんて興味ない

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com