建築士に伝えたいこと。
彼は家を建てるため、建築士と打ち合わせをしている。そして彼はさっきから同じ言葉を繰り返している。キッチンとキッチンカウンターがあれば、他は何もいらないと。建築士はベッドルームやリビング、クローゼットも必要ですよと反論するが、彼はすべてをキッチンで済ませるので大丈夫と一歩もひかない。こんなお客さんは初めてだ、と小声で建築士が漏らした。(彼にも聞こえた)キッチンでサンドウィッチを作り、煙草を吸い、ウイスキーを飲む。キッチンで手紙を書き、新聞を読み、考え事をする。キッチンで毛布に包まり眠りにつく。生活なんていらない。いや、これが彼の理想の生活なのだ。無言の時が続いた。それなら、とびきりユニークなキッチンを作りましょう。新時代のキッチン、幕開け!というような、と建築士は明るい表情で提案した。彼は首を横に振り、できるだけシンプルなキッチンがいいです、とこたえた。彼と建築士の考えは、水星と火星くらい離れていることだけがわかった。