307

未完成の手紙。

何百通りもの書きかけの手紙を、パッチワークみたいにつなげてみたら、あなたの部屋より大きくなったから。小さくちぎってあなたのまわりに、ぱらぱらぱらと降らせてみたよ。手紙のカケラをつかもうと、あなたは子どもみたいに両手をかざしてくるくるくる。手の中に残ったのは「あたしね」の文字だった。あなたは手紙のカケラをポケットに入れた。あなたへの手紙、いま完成しました。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

306

パリコレ前夜のうた。

♩〜首からメジャーをひっかけて、手首に針山くっつけて、ミシンで直線、アイロンで急カーブ、ときどきチョコの塊でガソリン補給。ハサミを入れてしまったオーガンジーも、破れてしまった淡い恋も、もう元通りになんてなりはしない。さぁ急げ!さぁ輝け!私たちが仕立てた夢は、明日のキャットウォークですべてが叶う〜♩

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

305

かがみのかんけい。

ひとにやさしくできないときは、きっとじぶんにもやさしくできないとき。ひとをゆるせないときは、きっとじぶんのこともゆるせないとき。かがみのなかのじぶん、いま、どんなかおをしているだろうか。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

304

灯り係。

女は街じゅうに灯りを点けてまわった。犬の散歩道にも、アコーディオン弾きの三叉路にも、古いタイプのネグリジェが釣り下がったショーウインドーにも、レンガ造りの安宿の入り口にも、女は次々に灯りを点けてまわった。そのたびに人々はハッとしたように顔を上げ、考え事をやめてしまうのだった。あの部屋にも、この部屋にも、ロウソクの灯りがまたたきはじめた。人々はビールの栓を抜き、豆料理を炊き、笑い声までわかせた。人々は答えの出ない問題にしがみつくのをやめて、ちいさな灯りの方へ歩き出した。女は街じゅうの空気を深く吸い込んで、ゆっくりと出す。女の胸の奥に灯りが点いた。

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com