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現代の原始人。

地球のまるみを歩いていると、

夏の気配を感じた。

まだ誰も触っていない新品の季節。

どう描いてやろう。

どう遊んでやろう。

恥ずかしいくらい夢がある。

信じられないくらい欲がある。

みなぎるちからが、

身体をうわまわりそうだ。

家へ帰ったらビスケットを食べよう。

今夜の月のかたちに囓るんだ。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

110

からだの日、こころの日。

風が吹く夕方、からだは腕組みをして、こころをじっと眺めておもった。「ずいぶん焦っているな」

太陽が激しい昼、こころは頬杖をついて、からだをじっと眺めておもった。「ずいぶん無理をしているな」

月がまるい夜、からだはこころに言った。「こころを休んでもいいよ。からだだけで動く日があってもいいからね」

こころはほっとした表情で言った。「ありがと。でも、からだもたまには休みなよ。こころだけの日があっていいからさ」

からだとこころは握手をした。これからは、互いに協力しあって生きていくことに決めた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

109

41秒のSF小説。

「ママ、お金ってどこからくるの?」5歳の紳士は空中バスの窓際に座って質問をした。「お金儲けが上手な人に降ってくるのよ。」母親は常温氷でできたブレスレットを、うっとりとながめながら答えた。「じゃ受け止めるために大きな袋が必要だね。」「ううん、お金は透明なの。触ることができないの。でも大昔は紙や金属でできてたらしいのよ。」5歳の紳士は目を見開いて食い下がる。「どのくらい昔?マンモスがいたくらい昔?」すれ違った空中タクシーには、専属のダイエット技師が乗っていた。(来週、体重を3キロ抜いてもらわなければ)母親は窓の外を見下ろして遠い目ををする。「そこまで昔じゃないけど、お金を触ったことがある人は、もう誰も生きてないのよ。」夜のTOKYOは街じゅうが紫色に輝いていた。「ほら、今日はパープルデーよ!綺麗ねー。」

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朝のメニュー。

目が覚めたらぐーっと伸びをすること。

できたての空にオハヨ〜ってうたうこと。

透明な水でパシャパシャ顔を洗うこと。

コーヒーのかおりをふわりとつかむこと。

きれいな色の服をえらぶこと。

鏡の中のじぶんを褒めてあげること。

ヒカリがもれるドアをパン!とあけること。

まっさらな今日をはりきること。

こころの中でくちぶえを吹くこと。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com