じかん
じかんは意地悪だ。早く過ぎて欲しい時だけ、これでもかというほどゆっくりだ。じかんは残酷だ。ぱんと張った肌をゆるませ線をつくり、目ん玉をぼやけさせる。じかんは頑固だ。人の気持ちがどんなに揺れても、一秒たりとも狂わずすましている。でも。じかんは優しい。つらくてできた傷を、いつの間にか治してくれる。じかんは裏切らない。生まれた瞬間から最後の瞬間まで、ずっと一緒にいてくれる。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
じかんは意地悪だ。早く過ぎて欲しい時だけ、これでもかというほどゆっくりだ。じかんは残酷だ。ぱんと張った肌をゆるませ線をつくり、目ん玉をぼやけさせる。じかんは頑固だ。人の気持ちがどんなに揺れても、一秒たりとも狂わずすましている。でも。じかんは優しい。つらくてできた傷を、いつの間にか治してくれる。じかんは裏切らない。生まれた瞬間から最後の瞬間まで、ずっと一緒にいてくれる。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
食パン。
焼かなくても、バターをぬればそのままでもおいしいよ。
でんき。
灯りはいらない、暗くなったら眠ればいいさ。
ニュース。
特に知りたいことはない。天気のことも、匂いでわかる。
水。
いちばんきれいなもの。だから雨が大好きさ。
予感。
たっぷり眠ると予感が得意。身体が重いと予感もしない。
コーヒー。
紙とえんぴつとコーヒーがあれば、オーケィ。
明日。
昨日より、今日より、明日が好み。
(誰にもわからないことって、かっこいい)
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
「どうせ昼間は閉めてるから、バァを仕事部屋として使っていいよ」とマスター。僕はありがたくお言葉に甘えることにした。カタカタカタカタ。キーボードの音と低く響くジャズが、暖色系の照明に溶け込んでいく。なかなかいい。企画書がぐんぐん進む。サラリーマンを辞めて、新たに会社を立ち上げる僕は静かに燃えていた。
「一杯だけスコッチ飲ませて」。突然ドアをあけて入ってきたのは、今朝ニュースを読んでいたアナウンサーだった。彼はテレビで見るより大柄で、冗談が面白かった。「今は閉めてるんですけど…特別ですよ」と言い訳をしながら、ウイスキーを差し出す。昼間の1時は、彼にとっての真夜中らしかった。
「一杯だけギムレット飲ませて」。しばらくして、美しい二十歳の女流作家が入ってきた。(美貌で賞を獲った、と揶揄されていることは知っている。本は読んだことがない。)徹夜を重ねて最高傑作が書けたらしい。今すぐひとりで乾杯がしたいという。
それから飛行機に乗り遅れた商社マン、失恋したての大学生が、次々にドアをあけた。みんな決まって「一杯だけ」と口にする。一杯だけで終わるなんて僕は(本人も)信じていない。
そして2ヶ月後、僕は昼間のバァのマスターになっていた。皮肉なことに商売繁盛。カウンター越しで仕事をしながら、カクテルを作るスタイルがお客にうけた。商売に気持ちが入っていない感じが(なんか落ち着く)のだそうだ。マスターも「起業したら、ここを事務所にすればいいよ」とゴキゲンだ。僕は「はぁ、どうも」と、中途半端な返事を繰り返す。昼間という中途半端な時間に、中途半端なお酒を飲む人たち。白黒はっきりさせないぼんやりとした空気が、このバァ&オフィスに漂っている。ちなみにバァの名前は「グレー」だ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
無事にクリスマスを迎えられるために、彼女は今から練習をしています。
キラキラのイチゴがのったケーキの味見をしています。
グリルしたチキンを、一度にどれだけ食べられるかを試しています。
熱々のグラタンで舌をやけどしないように、コツをつかんでいます。
白いマシュマロとピンクのマシュマロは、どちらがココアに溶けやすいかを実験しています。
シュワシュワのシャンパンを、綺麗に乾杯する練習を何度もしています。
クリスマスの本番まで、まいにちがんばります。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
エレヴェーターミュージックが好きだから、エレヴェーターに乗る/インクの匂いが好きだから、本を読む/シルバーの重みが好きだから、ステーキを食べる/ピンヒールの音が好きだから、ピンヒールを履く/予告編が好きだから、映画館に行く/ロウソクを消すのが好きだから、ロウソクを灯す/カーボン紙が好きだから、文房具店に行く/搭乗アナウンスが好きだから、飛行場に行く/チーズが膨らむ瞬間が好きだから、オーブントースターを覗く/放送終了の告知が好きだから、深夜までテレビを見る/小鳥の声を聴くのが好きだから、目をとじる/景色が変わるのが好きだから、走りだす
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。
自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。
でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。
そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。
広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。
color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com
◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。
イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com