さっきまであったもの。
ハサミの先端が、ひんやりと額の上をすべっていく。目を閉じていてもあふれる銀色がまぶしい。切り落とされた毛先が、頬にくっついているのを感じる。美容師がやわらかな刷毛で、それらをはらってくれる。ゆっくりと目をあけると、眠そうな自分と目があう。床には髪の毛が、思ったよりたくさん散っていた。いつのことだったか。深夜タクシーの中で自分の爪を噛み、そっと窓から捨てたことがあった。(薄い三日月のような爪だった)さっきまで自分の一部だったものが、もう自分のものでなくなっていくんだ。あの爪は、どこへいったのだろう。そしてこの髪の毛は、どこへいくのだろう。