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こころの天気予報。

朝からファンデーションのノリもいいし、ラッキーナンバーも見たし、今日はいい日になりそう。自信満々で、胸を張って家をでる。なのに、誰かの小さな言葉がきっかけで、こころの中に暗い雲がたち込めてきて。ポツポツ…ザーーーーーーーーッ。あぁ、なんてことだ。立ち直るための傘もない。次から次に心配事がわいてきて、すべてが上手くいかない気がしてくる。(あれ?雨、上がった)うっすらヒカリがさしてきたのも、小さな言葉がきっかけだった。こころの天気は、言葉によってころころ変わる。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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ヒップスターの悲劇。

当時、彼女が羽織っていたツイードのジャケットは、古着屋で選び抜かれた一着であったし、スクールガールをおもわせるボックスタイプのミニスカートは自身による手製のものだった。長い前髪を横に分けてピンで留め、そばかすを活かしたライトなチークにダークなルージュをひき(口紅だけはゲランにこだわった)、童顔の甘さを抑えたシックな印象にまとめ上げていた。彼女はこの街のピップスターだった。無名のカリスマ。誰もが彼女のルックを真似しては叶うことなく、鏡の前で落胆のため息をつくのだった。彼女は金では買えない「センス」という財産を持ち合わせていたのだ。しかし5年後、この街に現れた彼女は大富豪との結婚により大きく様変わりしていた。目を覆いたくなるほど眩し過ぎる時計とジュエリー、一目でわかるブランドのロゴマークが盛大に貼り付いた服とハンドバッグ、ピンピールにはダイヤモンドの粒が埋め込まれていた。高級車か自家用ジェットでしか移動しないため、贅肉も浮き上がっている。眼差しの鋭さは消え去り、トロンとした受動態の気配に変わっていた。彼女は金で買えない「センス」というものを、金によって失ってしまった。あるいは金によって、センスのバランスを崩してしまったのだ。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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おやつのイメージ。

旅に出るにも、会社を辞めるにも、デイトをするにも、イメージがなければやらない方がいい。イメージがだいじ。イメージがあればゆたかになれる。イメージがあればぴたりとはまる。無理やりやっても、じぶんの中に落ちていかない。すてきになれない。おやつひとつ食べるのにも、イメージがなければ食べない方がいい。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

324

雑誌をめくる心臓の音。

この日が来るのが待ち遠しかった。いつもの本屋のいつもの場所に、その雑誌は平積みしてあった。熱々のスープを運ぶように、両手で雑誌を扱いお金を払う。さぁ行き先は決まっている。いつもの喫茶店だ。朱色のヴェルヴェット製のソファに座ると、すかさずブラジル(コーヒー)を注文する。一度呼吸を整えて、テラテラと輝く表紙を指の腹でなでる。ゆっくりとページをめくると、サングラスの広告が載っていた。ストライプのパラソルのしたで、リラックスしている男女がいる。さらにめくると、目次が目に飛び込む。あらかじめ内容を知りたくなかったので、目次はスキップした。特集記事がはじまった。「飛行機に住む、それはいいアイデア」というキャッチフレーズ。どうやらいろんな飛行機に乗って、世界中を旅する企画のようだ。パンアメリカン航空の機内食の写真は、興味深かった。ブルーのロゴマークが入った白い箱と、やはりロゴマークが入った白いマグカップ。見開きで贅沢に見せている。左下にレイアウトされている小さな写真で、白い箱の中身がハムサンドであることがわかる。ブラニフ航空のバーカウンターの写真も素晴らしかった。バーテンダーになりきったスチュワードが、グリーンのカクテルを乗客に差し出している。子どもたちはチェリーが乗った白いシェイクを、ストローで飲んでいる。(なにひとつふこうなことはおこらない)そんなイメージが誌面から浮かび上がってくる。目の前にブラジルが届いた。唇を火傷しないように気をつけながら、ひとくちすする。もう一度、深呼吸。一番楽しみにしているのは、辛口映画評論のページだ。シネフィルたちからの支持が真っ二つに分かれる、思い切った評論が大好きなのだ。いったん雑誌を閉じる自分がいる。心臓の音がおさまるまで、しばらくブラジルだけを味わうことにする。

*雑誌の内容は架空のものです。あくまでも理想の雑誌です。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com