細胞の総入れかえは一瞬で。
昨日までの自分の中身は、いったい何の成分で出来ていたのだろう。パソコンのキーボードを押すことやら、美容院の予約をすることやら、ヨーグルトの蓋を用心深く開けることなど、そうそうこころを使っているとはおもえない。何を考えて生きていたのだろう。昨日までの自分が別人になった。
今日、あのひとが目の前に現れた。そして身体じゅうの細胞がすべて入れかわってしまうのに1秒もかからなかった。あのひとのまつ毛やら、指の関節の感じやら、声の色やらが、彼女を(勝手に)しあわせにした。まあたらしい細胞は、とても軽やかで艶々としていた。
彼女は電車のドアが閉まるオトさえも美しく聴くことができた。駅に着くまで、たっぷりあのひとのことを考えられる。まあたらしい自由に、めまいがするほどだった。地上に出るとあたらしい夜空が広がっているはずだ。あのひとが細胞に染み込んだ彼女は、世の中のすべてが初めてみるものに変わっていた。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。