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ピザの決断。

水色のフードトラックには長い行列ができている。彼はその一番後ろに並ぶ。太陽が真上から降り注いでいる。海はまだ見えない。日焼けした指先は、ポケットの中の小銭をジャラジャラと鳴らしている。空腹を示すメーターがもうほとんどゼロに近い。フードトラックのピザは4種類。大きな一切れサイズだ。彼はこころの中で「ソーセージ&ベーコンを1枚と、オニオン&マッシュルームを1枚ください」を繰り返している。自分なりの正統派でいこうとおもう。だんだんとそのセリフを告げる瞬間が近づいてくる。ついに彼の前に立つロングヘア男がオーダーする。「シーフードを1枚と、アンチョビ&ガーリックを1枚」彼の決心は大きく揺らぐ。ロングヘアの言い回しが、彼の胃袋を刺激する。なんて美味しそうなんだ。あっさりと決心を覆してしまいそうな自分に驚く。あと数秒で決めなければ。次の瞬間、口がどう開くか。彼さえもわからない。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

123

こころのグラデーション。

夕暮れが夜に溶けこんでいく帰り道。なまあたたかい空気に、少しだけ秋が混じってる。彼女のトートバッグには、さっき買った1.4ミリのスパゲッティ。持ち帰った書類。なくなりそうな口紅。そして、ほぼ、からっぽのこころ。夏がおわりに近づくにつれて、彼の声も聞こえなくなっていった。グラデーションのように、だんだんと。無邪気に電話してみようか。元気?って。彼女はこころのなかで、何度も彼と会話をしてみる。でも、はずむような、たっぷりとヒカリを含んだ声はもうだせない。たった数週間で、彼女は別人になってしまった。夜に染まった空に、黄色い月をみつける。彼女はまだ、夏の階段の踊り場に立っている。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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スクリーンテスト。

娘はハリウッドに歩いてやってきた。夜空の星を齧り、太陽を舌でころがしながら。人をメロメロにする技術をポケットに入れて。そしてあっけなく大物プロデューサーと出会う。「スクリーンテストをしよう」スタジオはひんやりとしていた。3台のキャメラは彼女をとらえる。なんの演技もするな、というルール。顔と身体の骨格をみるのが目的らしい。キャメラがぐっと近づいてくる。彼女は睨みつける。そして左目に涙の玉が膨れ上がると、透明に輝きながら頰の上をツーっと滑っていく。なんの演技もしないなんて、彼女にはできなかった。そうしないと数分のスクリーンテストが、退屈でたまらなかったから。fin

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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夕立の味。

ゴロゴロゴロと空がうなっている。雲は眉間にシワをよせている。彼女は走り出す。シャンシャンシャン。背中のランドセルがリズムを刻む。筆箱と教科書も一緒に跳ねている。ゴロゴロゴロがいよいよ大きくなってきた。

ザーーーーーーーーザーーーーーーーーザーーーーーーーー

とうとう空は泣き出してしまった。大きな涙がたくさん落ちてくる。街じゅうの色がどんどん濃くなっていく。女子高生たちが「キャー!」と大騒ぎしている。彼女は走るのをやめて立ち止まる。泣き狂う空を見上げる。口をアーンとあけてみる。涙の味を確かめてみる。コップの水よりあまい気がした。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com