226

もし、もしも。

新しいワンピースが縫い上がった瞬間、電話が鳴った。彼だ、密かに片思いちゅうの。え、これってテレパシー的な。もしもし。(できるだけ普通に!)あなたのこと想いながらワンピース縫ってました、なんて言えるわけない。声が聞きたいから電話したって、ほんとに。それって。(どきどき)ぽつりぽつりと、お互いの近況報告がつづく。あぁ、そんなことより。もし、もしもデイトに誘ってくれたら、このワンピースを着ていくのに。ほら、こんなに可愛く仕上がってるのに。2秒半くらいの沈黙のあと、彼が言った。「もし、もしも今度の日曜日あいてたら…」やった!

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

225

もしもし。

秋のある日、ぎりぎりのトースト。チン!想いがつよすぎて、焦がしてしまう。女性を追いかけたらダメ、追いかけられる男になれ、と先輩に忠告された昨夜のハイボール。ザクッ!とバターを塗りながら、追いかけられる気持ちってどんなだろ。(わからん、どんなだろ)ただただ、あのこが笑っていられるような僕でいたい。ただただ、あのこがふわーっとあくびをするのを見ていたい。トーストが焦げようが、今日が何曜日だろうが、あのこが僕のことを求めているのか、なんて関係ない。トーストを食べ終わったら、ただただ、僕は(いま流行らない)電話をしてしまおう。ただただ、あのこの声がききたいから。

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

224

お好きなように。

あたたかいスープにするか。つめたいスープにするか。

お好きなように。

 

今日へんじをするか。明日へんじをするか。

お好きなように。

 

片想いをあと少し続けてみるか。他の誰かに目移りしてみるか。

お好きなように。

 

傘をカバンからとりだすか。もうこのまま濡れていくか。

お好きなように。

 

最初の直感を信じてみるか。今の気分を信じてみるか。

お好きなように。

 

あなたが決めたことが、いちばんサイコー。

あなたが決めたんだから、いちばんホントウ。

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

223

バレリーナキッチン。

白鳥のような美しいネックラインをもつ双子の姉妹は、今夜も大忙し。ひき肉をピーマンの部屋にぎゅっとつめ込んだり、オーブンの中でうなっているグラタンをなだめたり、泣きながら玉ねぎを裸にしたり、ムール貝に白ワインを振りかけて嫉妬の炎を焚きつけたり。あぁ。気取り屋のカスタード氏は「コンソメスープにアルゼンチン産の卵を落としてくれたまえ」とオーダーしてくるし。ふぅ。美容室帰りのマドレーヌは「顔映りのいい深いオレンジ色のカクテルを頂戴」とお澄まし。でもお客の我が儘は、姉妹にとって愛すべきもの。突然、小刻みのドラムの音。景気のいいトランペットは天井を突き破り、低いウッドベースは地下室のさらに下まで響きわたる。双子の姉妹は着けていたエプロンを剥ぎとり、ジャズバンドの前までつま先で歩く。拍手がわき起こる。姉妹のショータイムのはじまり。ここからは我が儘なお客も自分でソーセージを焼いたり、チーズをカットしたり、ビールを冷蔵庫から出してきたり、すべてセルフサービス。(しかも喜んで!)ここは、港町に建つ白いペンキのはげたバレリーナキッチン。姉妹のダンスの盛り上がりは、海に浮かぶ漁船にまで夜風に乗って伝わっている。

 

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com