
ヨルのあこがれ。
どんなに努力したって、ヨルはヒルになれない。ソフトクリームをなめながら横断歩道を渡る高校生や、野菜や肉をたくさん買い込んだ元気なママや、まるい足をバギーにのせた赤ちゃんに会えるヒルがうらやましかった。暗くなるとみんなは家に帰り、窓とカーテンをパタンと閉める。ヨルはさびしかった。でも今夜は違う。ブルーのワンピースを着た女性がベランダに出て、夜空を見上げている。大きなため息をついてひとこと言った。「もう忘れるね」彼女は恋人とサヨナラしたらしかった。ヨルは夜風をそっと吹かせた。彼女の髪は揺れ、ぐーっと伸びをしてふっと口角を上げた。ヨルだからできることがあった。ヨルはヨルのままでいいのかもしれない。そう思った。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。