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そのとき金魚は言った。

ねこ「おまえはいいよな。一日じゅう冷たい水の中で泳いで。」金魚「あんたこそいいわよ。ソファの上でゴロゴロして。」ねこ「おもちゃで狩の練習してもつまらないだろ。」金魚「私は大きな海で泳いでみたいなぁ。」ねこ「あ、ショウタが帰ってきた!」金魚「なにあの疲れた顔。」ねこ「今夜も残業か。」そのとき金魚は言った。「一番大変なのはニンゲンね。」

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

322

感情ジューサーミキサー。

嫉妬も羨望も不安も焦燥も後悔も、ぜんぶまとめてジューサーミキサーに放り込んで、スイッチオン。自分のネガティブ思考がものすごい勢いで粉々になって、ぐるぐると混ざり合っていく。ダークな色をした、ドロドロのジュースができあがるのかな。(怖いもの見たさで興味津々)なのに予想に反して、回転するほどに色が抜けていって。グラスに注いだそれは、澄みきった美しい液体だった。ひと口飲んでみる。冷たくて美味しい水だった。“負の感情だ”と自分自身で嫌っていたけれど、すべてはピュアな成分でできていたのだった。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

321

大人のおとぎ話。

黄色い月のてっぺんまで登ると、めそめそした生き物がおりました。涙をずっと拭いている。近くまでいくとそれは人間でした。300年前に一緒に働いていた元同僚でした。ライバル同士でよく競い合ったっけ。僕は、落ち込み過ぎると逆に愉快になるんだがなぁ、と話しかけました。元同僚は、まだそこまで落ちてない、と言って顔をあげました。こいつ、変わってないな、と思いつつまぁいいさ。何を悲しんでいるのかわからないけど、とりあえず隣に座ってみました。んーんんーんーーー♪僕は歌を知らないから、即興でうたう。相変わらず下手だな、と元同僚は小さく笑いました。ふたりは黙って、いくつもの流れ星を見送りました。僕は彼が抱えている悩みが消えますように、とこころの中で願いごとをした。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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身体が家。

家にいるのに、家に帰りたい。家にいるのに、心細い。家にいるのに、そわそわする。そんな感覚をおぼえたら、身体という家を点検してみよう。空気の入れ替えは、できているか。血液という川は、すらすら流れているか。骨という柱は、しっかり伸びているか。筋肉という壁は、しなやかで強いか。そして、真ん中にあるこころは、どんな表情をしているか。身体の住み心地はどうだろう。本当の家は自分の身体だ。身体が家だ。

*「電車は遅れておりますが」で書いたお話「ソーダ水まであとすこし。」が曲になりました。(作詞家デビュー♡照)シュワシュワと聴いてみてくださいね。

https://linkco.re/cHU9qUNy

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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音だけの花火。

ずっとビルの谷を彷徨っている。はぁはぁと息を切らしながら、駆けずりまわっている。地響きのする在処(ありか)を突き止めたくて、異次元の色彩を見上げたくて、ただただ苛立ちだけが先走る。暗い雲だらけの空は、時折フラッシュを焚いたようにまばたきをする。狂ったような爆発音が、自分の胸にまっすぐ突き刺さってくる。こんなにも近くにいるのに。手の、届かない、憧れ。もうあきらめよう。ため息とともに、振り返った瞬間。何百億個もの光の粒が浮かび上がり、スローモーションで落ちていくのが、見えた。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com