心配いらないと彼女の歌が教えてくれた。
その日はすごく疲れていて、ホームに置かれたプラスチック製のベンチに座ったまま、電車を2本も見送ってしまった。得意先から会社に戻るだけの道のりが、重かった。何かミスをおかしたとか、上司との折り合いが悪いとか、そんなことではなく。ただ“未来の時間に綿がつまっている感じ”。
隣に人が座る。前を向いていてもそのヴォリューム感で、ふくよかな女性だとわかる。左耳から小さな鼻歌が聞こえくる。それは女性によるものだった。彼女は目を閉じてかすかに身体を前後に揺らし、歌詞は「んーんんー」だけ。何の曲かはわからない。昔流行った曲だろうか、それとも即興の曲かもしれない。自分も目を閉じてみる。女性の「んーんんー」の世界にまざってみる。安心でたっぷりとしていて、このままゆっくりと、もっと深いところまで潜ってみる。