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大人の反抗期。

人混みを歩かない/郵便物をあけない/聞こえないふりをする/傘をささない/コーヒーを10杯以上飲む/買い物をしない/電話に出ない/ロードショーが終わってしまうのに映画館に行かない/すぐにテレビを消す/お世辞の言い方を忘れた/お金がないのに銀行に行かない/床が冷たくても靴下を履かない/夏休みをとらない/夜中にハムエッグを食べる/ブルーベリージャムを壁にぶちまける夢をみる

 

*「電車は遅れておりますが」は、毎週火曜日に更新しています。

 

128

服がない、服がない、服がない。

雨上がりの街で僕は服を探し歩いている。4軒もの店をハシゴしたけれど、試着まで行きつく服には出会えなかった。自宅のクローゼットをひらいても、着る服がない。街じゅうの服を見て歩いても、着る服がない。(これはもしかして自分に問題があるのだろうか)そんな気弱な発想が、疲労感いっぱいの身体に染み込んでいく。

最後の希望をかけて、5軒目の店に足を踏み入れる。こうなったらもう人頼みだ。店内を見渡し、一番綺麗な顔立ちで一番気立ての良さそうな女性スタッフを見つけて声をかける。「今の季節にいい、セーターとパンツを探しているんです。」女性は口角を少し上げ「かしこまりました」と答えると、店の奥に進んだ。

いくつかの候補の中から、あっけないほどスムーズに服が決まった。大きな鏡の前にたった僕は、濃紺のカシミヤのセーターと、煉瓦色のコーディュロイパンツを身につけていた。サイズも着心地も雰囲気も見事にフィットしている。女性は「お似合いですね」と、また口角を上げて微笑んだ。「明日、大切な用事があるんです。いい服が見つかってよかった。」僕は女性にお礼を告げた。

服が入った包みを両手で僕に手渡すと、女性は出口の方へ促した。「私の両親好みの服を選びました。」僕のプロポーズを承諾してくれた目の前の女性は、いたずらっぽい目でささやいた。「じゃ、明日ね。」結婚する前から、僕は彼女にコントロールされているのかもしれない。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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ポーカーフェイスと秋の入り口。

僕たちは秋が濃くなっていく道を歩いている。彼女は制服の上にカーディガンをはおっている。あずき色とからし色の落ち葉が、じゃれ合いながら風に飛ばされていく。さっきは喫茶店で彼女のココアをひと口もらった。飲んでみて、の言葉どおりに、素直に。カップを持つ手が震えないように、用心深く飲んだ。

夕暮れの空に、信号機の青がまばたきをはじめる。こんな時は素早く渡った方がいいのかな、なんてことを考えていると。彼女は歩く速度をゆるめていき、横断歩道の前でぴたりと足を止める。一緒にいられる時間が何秒かのびだ。彼女の横顔は相変わらずポーカーフェイスだったけれど、うれしかった。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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ピーナッツバターの夜。

元受験生のみんな。元思春期のみんな。G.ジョージです。ラジオをチューニングしてくれてありがとう。大人になりきれない大人へ「ピーナッツバターの夜」。今夜はお便りを読みます。ミカンさんのお悩みです。えーっと。“私は10月が嫌いです。昨日まで半袖を着ていたのに、あと2ヶ月ちょっとでゆく年くる年になってしまうなんて、とても気持ちがついていけません(泣)“うーんわかるなぁ。実は僕も一緒。この一年、何したっけかなぁってね。でもねミカンさん!僕は言いたい。あと2ヶ月間、流されて生きましょう!ただただ流されて生きるんです。チカラを抜くとすーっと流れますから。流されるとね、いいことあるんです。自分の想像をこえた、面白い展開が待っていたりするんです。ミカンさんに曲をプレゼントします。ザ・ビーチ・ボーイズの「ディズニー・ガールズ」。一緒にのん気に流されましょう。

 

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23時15分にあの柱の陰で。

白いエナメルのブーツに脚を入れ、ジッパーを上まで引き上げる。白いファーのコートをふわりと着込むと、彼女は鏡の前まで歩いた。マスカラの調子も上々、くちびるは透明のグロスだけにして正解だった。ターンテーブルに乗ったレコードはぷつりぷつりと“終わり”を告げているし、白い猫は白いソファーで眠りについている。すべてが上手くいっている。彼女は部屋の鍵をつかみとり、そっとドアを閉める。あと9分で約束の時間。地球上でふたりしか知らない待ち合わせ場所。都会とは思えない真っ暗な道を、早足で歩く。夜の空気は液体のようにとろりとしている。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com