日用品は私のオーケストラ。
彼女の部屋をそのまま美術館で再現したら、意外と前衛的なアートになるかもしれない。そんなシニカルな考えは彼女自身から浮かんだ。
歯磨きペーストはペラペラに痩せているし、石鹸もあめ玉の最後の方みたいな姿だし、ティッシュペーパーは底をつき、駅でもらったポケットティッシュが何個も転がっている。コーンフレークの四角い箱を振ってもカスカスの音しかしないし、残り少ないマヨネーズは冷蔵庫の中で“おじぎ”をしている。
彼女は伸びすぎた前髪をすくって、ピンクのゴムで高めのポニーテールをつくった。「よし、買い物にいく」家の中の終わりかけたものたちと決別して、ピカピカなエネルギーをもった新品たちを迎えるんだ。自分のこころの中がこの部屋の風景をつくっていることを、もちろん彼女は知っていた。
外はもう暗くて肌寒くて、会社帰りのサラリーマンたちは無表情だった。ポケットに財布だけを入れた彼女は、スーパーマーケットの白いヒカリを見つけた。きっと日用品が彼女を盛り立ててくれる。たっぷりとあたたかな音色を放つ楽器のように。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。