ベッドの中で目を覚ますと、もうこの街は動き出していた。半径100キロメートルの気配のすべてが、ダイレクトに胸に届いてくる。ここはニューヨーク。世界じゅうの野心とロマンが集結する場所。その中に私もいた。今日という日を華々しくデビューするために、勢いよく起き上がる。シーツから出た脚は、陽に焼けて輝いている。私は湯を沸かしコーヒーをこしらえ、ビスケットをかじる。ラジオのニュースを聴きながら、メイク。ルックは白い麻のシャツと、黒いスキニーパンツにした。シャツのボタンは3個目まで外し、美しい鎖骨をアクセサリー代わりにした。
外に出るとドライバーとメッセンジャーボーイが、言い争いをしている。後に続く車は、クラクションを鳴らし続けている。私は地下鉄を乗り継ぎ、目当てのビルまで到着した。見上げると建物は雲の中を突き抜けて、てっぺんは見えなかった。エレヴェーターは地上78階まで、一度も止まらずに上昇していく。
ドアが開くと、白で統一されたエントランスが広がっていた。まっすぐにカウンターまで歩く。夢の仕事にありつくために、私は全細胞を集中させる。受付の女性は細く長い首に、アイスキューブがぶら下がったチョーカーを巻いている。私は自分の名前と、面接に来た旨を伝えた。彼女は野菜サンドを咀嚼しながら(ちょっと待ってね)というポーズをして、紙コップのカフェ・オ・レで流し込んだ。私の人生は、たった今始まったばかりだ。これまでの過去は、全部捨ててきた。窓から見えるエンパイア・ステートビルを、手のひらの中にそっと丸め込み握りしめた。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。