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たびする、めだまやき。

あるひフライパンは、めだまやきをやいていました。フライパンはジリジリとしかめっつら。めだまやきは、はずみをつけて、まどからとびだしてしまいました。まてーーー!!フライパンはおおあわて。やねのうえ、きのうえをさがします。でも、めだまやきはいません。あーーー!!フライパンは、ぜつぼうのこえをだしました。そらをみあげると、きいろいたいよう?いいえ、めだまやきがきもちよさそうに、あおいそらをおよいでいるではありませんか。フライパンは、めだまやきをおいかけます。おーいここにもどってきてくれー!ぴゅーーーーーーーーーーぺちっ。フライパンは、めだまやきをみごとにうけとめました。めだまやきは、ひとつのめでウインクをしていいました。「たまには、そとであそばないとだめよ」。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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レコードが終わるまでに。

レコードが終わるまでに、彼女はキャミソール、ガウン、薄手のセーター、白いタイトスカート、後ろにラインが入ったストッキング、香水の5番、パールのネックレス、ボディクリーム、地図、(偽造の)パスポート、暗号が書かれた手帳、(指紋消しの)手袋を、ペパーミントグリーンのスーツケースに詰め込んだ。そして彼女は目を閉じ、これから行う仕事を頭の中でシミュレーションした。どんな状況に転ぼうが、仕事が成功することだけは確かだった。彼女の一番の武器。それは、誰もが一瞬息を止めてしまうレベルの美貌。(プツリ…プツリ)これはレコードが終わったオト。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

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デートという試験。

彼女と学校以外の場所で初めて会うことになった。いわゆるデートというやつだ。クリーム色のカーディガンを羽織った彼女を本屋(待ち合わせ場所にした)で見つけた瞬間、僕は人格が変わってしまった。教室では冴えたギャグを連発してみんなを笑わせていた僕が、突然、つまらない男になってしまった。言葉が出てこない。何をしゃべっていいのかわからない。僕は昨日までいったい何をしゃべっていたのだろう。自分の心臓の音だけがドクンドクンうるさく主張する。

「どこ行こっか?」彼女はいつものナチュラルな彼女だ。「とりあえずアーケード歩こうか。」僕は自分の“言いまわし”に絶望する。歩こうか…って。普段は使わない言葉。もう自分が自分でなくなっている。いつもの商店街がよそよそしく見える。足が地面から3センチくらい浮いている。フワフワする。段取りとしてはもうすぐ見えてくる喫茶店に入るのだが、どう誘っていいのかわからない。

「お腹空かない?あのお店のホットケーキ美味しいんだよ?」彼女が先に切り出してくれた。よかった。でも、僕の気持ちを見透かされているのかもしれない。あぁいつもの僕に戻ってくれ。このままだと彼女に愛想をつかされる。夕方の5時を知らせる商店街の音楽が鳴りだす。その音は試験開始の先生の声のようだった。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

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冬の下ごしらえ。

さむい日にあえての水いろコートを羽織るから、

肌が透けるまで磨いておかなくっちゃ。

 

あったかココアをふーふーするから(定番☆)、

ちいさな爪をレンガいろレッドに染めなくっちゃ。

 

もこもこマフラーを顔までぐるぐる巻くから、

まつげは濡れ気味つやんにカールしなくっちゃ。

 

しゅるしゅると沸騰ちゅうの湯気が、

「冬の下ごしらえはお早めに〜」って言ってます。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com