182

たびする、めだまやき。

あるひフライパンは、めだまやきをやいていました。フライパンはジリジリとしかめっつら。めだまやきは、はずみをつけて、まどからとびだしてしまいました。まてーーー!!フライパンはおおあわて。やねのうえ、きのうえをさがします。でも、めだまやきはいません。あーーー!!フライパンは、ぜつぼうのこえをだしました。そらをみあげると、きいろいたいよう?いいえ、めだまやきがきもちよさそうに、あおいそらをおよいでいるではありませんか。フライパンは、めだまやきをおいかけます。おーいここにもどってきてくれー!ぴゅーーーーーーーーーーぺちっ。フライパンは、めだまやきをみごとにうけとめました。めだまやきは、ひとつのめでウインクをしていいました。「たまには、そとであそばないとだめよ」。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

181

レコードが終わるまでに。

レコードが終わるまでに、彼女はキャミソール、ガウン、薄手のセーター、白いタイトスカート、後ろにラインが入ったストッキング、香水の5番、パールのネックレス、ボディクリーム、地図、(偽造の)パスポート、暗号が書かれた手帳、(指紋消しの)手袋を、ペパーミントグリーンのスーツケースに詰め込んだ。そして彼女は目を閉じ、これから行う仕事を頭の中でシミュレーションした。どんな状況に転ぼうが、仕事が成功することだけは確かだった。彼女の一番の武器。それは、誰もが一瞬息を止めてしまうレベルの美貌。(プツリ…プツリ)これはレコードが終わったオト。

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180

デートという試験。

彼女と学校以外の場所で初めて会うことになった。いわゆるデートというやつだ。クリーム色のカーディガンを羽織った彼女を本屋(待ち合わせ場所にした)で見つけた瞬間、僕は人格が変わってしまった。教室では冴えたギャグを連発してみんなを笑わせていた僕が、突然、つまらない男になってしまった。言葉が出てこない。何をしゃべっていいのかわからない。僕は昨日までいったい何をしゃべっていたのだろう。自分の心臓の音だけがドクンドクンうるさく主張する。

「どこ行こっか?」彼女はいつものナチュラルな彼女だ。「とりあえずアーケード歩こうか。」僕は自分の“言いまわし”に絶望する。歩こうか…って。普段は使わない言葉。もう自分が自分でなくなっている。いつもの商店街がよそよそしく見える。足が地面から3センチくらい浮いている。フワフワする。段取りとしてはもうすぐ見えてくる喫茶店に入るのだが、どう誘っていいのかわからない。

「お腹空かない?あのお店のホットケーキ美味しいんだよ?」彼女が先に切り出してくれた。よかった。でも、僕の気持ちを見透かされているのかもしれない。あぁいつもの僕に戻ってくれ。このままだと彼女に愛想をつかされる。夕方の5時を知らせる商店街の音楽が鳴りだす。その音は試験開始の先生の声のようだった。

 

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179

冬の下ごしらえ。

さむい日にあえての水いろコートを羽織るから、

肌が透けるまで磨いておかなくっちゃ。

 

あったかココアをふーふーするから(定番☆)、

ちいさな爪をレンガいろレッドに染めなくっちゃ。

 

もこもこマフラーを顔までぐるぐる巻くから、

まつげは濡れ気味つやんにカールしなくっちゃ。

 

しゅるしゅると沸騰ちゅうの湯気が、

「冬の下ごしらえはお早めに〜」って言ってます。

 

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178

でこぼこダイアリー。

いいことあった。スキップした。がんばってきたごほうびだ。ほらね、ほらね、いい気分。石につまづいて、あぁっ。ひざこぞうが火のように痛い。うずくまった。涙がにじんだ。真っ黒なアリが歩いてる。自分よりも大きな荷物をかついでる。じっと見つめているのに、アリはそんなことおかまいなし。もう一度立ち上がってみようか。両手を振って進んでいこうか。誰も触っていない、真っ白な明日が用意されてるんだ。

177

淡い日。

こころが淡い日は、ちいさな音も聴こえる。

だから枯れ葉が落ちた音も聴こえる。

こころが淡い日は、ちいさな針の穴にも糸が通る。

だから後ろ姿でその人の傷がわかる。

世界じゅうがシンと静まり返って、

空気が透明になっていく。

そっとそっとしておくんだ、

わたしのことも、

あなたのことも。

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176

雨屋。

夕暮れの風が気持ちいいものだから、私は散歩コースを変更した。いつもの角を曲がらずにまっすぐ→なんとなく右→なんとなく左に曲がる。一軒の店が目に入る。「雨屋」。表札くらいのちいさな看板。店に入ってみると、そこだけ雨の音で満たされていた。ザーーーーーーザーーーーーーザーーーーーーこの前、傘をなくした私は(いい傘ないかなー)と探してみる。「あのう、折りたたみ傘、ありますか」私は店の女性に聞いた。「うち、傘、おいてないんですよ」店の名前といい、雨のBGMといい、少なく見積もっても1万%くらいは傘が売ってあると思ったので、私はかなり驚いた顔をしていたとおもう。「雨の音のレコードや、雨の匂いがするウイスキーなどはあるのですが…」申し訳なさそうに女性はこたえた。「このキャンディは?」私は雨屋に興味を抱きはじめていた。「こちらは夕立キャンディです。雨が降りはじめた時に口に入れると、晴れ間が見える頃に味が変わるのです。雨あじから晴あじに」私は迷わず夕立キャンディを買った。次の夕立はいつだろう。今から待ち遠しくてたまらない。雨屋を出てしばらく歩いていると、ほっぺたを雨粒が(かすった)と感じた。と、次の瞬間、ザーーーーーーーーーザーーーーーーーーーと天から夕立が落ちてきた。私は即座にキャンディーを一粒口に入れる。盛大に雨に濡れながら、散歩の続きを楽しむことにした。

 

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175

ミッドナイトパーラー。

真夜中のパーラーは、ひそひそ声。

ほとんど真っ暗な店内には、

マスカットと桃が照らす灯りだけが、道しるべ。

これから異国へ旅立つ人のお祝いをしている。

フルーツのあまく酸っぱい香りと、コーヒーの苦いあじ。

飛行機は待っている、窓の外に。

真っ白なスーツケースいっこ、ポケットにはチケットいちまい。

さぁ、いってらっしゃい。もどってくるなよ。

プロペラの音がブンブン鳴ってる。

GO新世界へ。

 

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174

風のひと

そのひとの背中は、なぁんにも背負ってないように見えるんだ/いま、いま、いま、だけを生きている/過去も未来もなくてさ/そのひとはいつだって「ひょい」と現れるんだ/手ぶらでね/すこしおどろいたような顔してね/愛想笑いなんて見たことない/自分の重さを発見したら/そのひとのことを思い出す/かるーく、かるーく、かろやかに/ふわふわの肉まん食べようか/裏通りを歩きながら/そのひとのこと思い出しながら/かるーく、かるーく、食べようか

 

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173

クロックマダムの生涯。

エスプレッソ邸に住むクロックマダムは、長く仕えた使用人のマカデミアが亡くなってから、すっかり外出をしなくなった。絶世の美女と謳われたクロックマダムは、女優を30歳で引退。いくつかの結婚と、ありあまる資産の使い道以外、世間の話題にのぼることはなかった。好き嫌いが激しい彼女は、新たな使用人たちとは口をきかなかったが、今朝は特別だった。「ドレスの裾、アイロンかけてちょうだい!」「香水、新しいの買ってきて!」「前菜にあわせるシェリー酒はあるの?」大きな声が立て続けに響いている。なぜなら今日は、銀幕の中で共演を重ねたクロックムッシュが訪ねてくるのだ。まさに30年ぶりの再会。クロックマダムは、一度だけクロックムッシュからプロポーズをされたことがある。映画のセットの影でこっそりと。でも、彼女は胸をときめかせながらも断った。(とりあえず最初は断る、をルールにしていた)

街の灯りがともる頃、エスプレッソ邸の呼び鈴が鳴った。クロックマダムは、額装してある女優時代の写真を見て深呼吸をした。瞳はみずうみの澄んだ青、長いまつ毛は孔雀のように広がり、口もとはもぎたてのチェリー。“見つめられると2秒で天国行き”という謳い文句が流行ったものだ。もし、クロックムッシュが30年もの想いを彼女に告げたら。今度こそプロポーズを受けよう。彼女は決心をした。

使用人から居間へ通されたクロックムッシュを、彼女はぴったり10分間待たせる。(遅れて登場するのをルールにしていた)ドアをあけると、窓の外を眺めているクロックムッシュがいた。今も第一線で俳優を続けている彼の魅力は、まったく変わっていない。いや歳月を重ねた分、その存在感は深く濃く伝わってくる。クロックムッシュは感動を隠せない表情に、笑顔がこぼれた。「お変わりありませんね、お母様!」時の流れは残酷だ。この日のために磨き上げたクロックマダムを目の前に、彼は彼女の母親であると勘違いをしたのだった。

クロックマダムは、一瞬で絶望の瞳を懐かしさの色に変化させる。「まぁクロックムッシュ!よく来てくださったわ。」そして続けた。「実はね…娘は…残念ながら亡くなったのです。」「クロックマダムが亡くなったった…?」彼は呆然と立ちすくむ。「娘はあなたのことを、ずっと愛していたんですよ。」30年のブランクを感じさせないほど、クロックマダムの演技は完璧であった。fin

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com