385

女優のトロフィー。

彼女が主演女優賞に選出されたことは、内密に本人に知らされていた。誰もが大女優のRがとるものだと確信していたので、赤絨毯の当日は世間が荒れ果てることが予想されていた。というわけで、この1ヶ月ものあいだ彼女は授賞式のための演技を磨いた。壇上から名前を呼ばれた瞬間の動揺、椅子から立ち上がった時の困惑、プロデューサーに手を引かれながらよろよろと壇上にあがる時は、まだ涙は見せない。トロフィーを渡された時に初めて、大粒の涙があふれだす。スピーチの出だしは、しどろもどろで思わず手を差し伸べたくなる頼りなさを、といった演技プラン。その日の衣装も考え抜かれて仕立てたものだ。若い彼女にしては、大人しいごくシンプルな黒いドレス。しかし一歩でも歩くと、腰まで切れ上がったスリットから拝みたくなるような美しい脚がのぞき、まぶしいコントラストを生みだすものだった。さて、いよいよ当日がやってきた。大女優Rは、大輪の花のような真紅のドレスを纏っている。引っ張った顔の皮膚と、広くあいた胸元の自然な皺がアンバランスをおこしている、と彼女は思った。司会者が名前を呼んだ瞬間から、彼女の芝居はスタートした。大女優Rを差し抜き、強運と美貌に恵まれた、駆け出しの新人に集まる嫉妬と羨望。スポットライトが彼女を捉えて離さない。順調に演技をこなして壇上にあがる。そして光り輝くトロフィーを手にした瞬間、彼女はそこに映る自分の顔に固まってしまう。トロフィーの中にいる彼女は純真無垢のかけらもない、どす黒い野心とおごり高ぶった卑しい女の顔だった。彼女は自分自身の演技にNGをだすよりなかった。もちろん予定していた涙も出なかった。(そして彼女はトロフィーを返し受賞を辞退した。女優のプライドだった) fin

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

384

おばあちゃんのシール。

わたしは5さいで、クマのシールをあつめている。かわいいクマ、かっこいいクマ、たくさんもっている。おばあちゃんはわたしとあうたびに、クマのシールをかってきてくれた。わたしはおばあちゃんのほっぺに、ちゅっとした。でも、さいきんクマのシールにあきてきた。もう、あつめるのをやめたんだ。それでも、おばあちゃんはクマのシールをくれた。わたしは「もういらない」といえなくて、だまってもらった。おばあちゃんはすこしへんなかおをした。なんだかかむねがぎゅっとなった。このきもち、だれにもいえない。

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383

冬の足おと。

ぽかぽかな気持ちで、冬にコンニチハ!ってあいさつしたい。きらきらしながら、石焼き芋を二つにわりたい。思わず蹴った石ころが、宙に浮くのを見届けたい。赤いマフラーに、うっとりと沈みたい。クリームシチューを次の日も、その次の日も味わいたい。電車の中の赤ちゃんの泣き声に、年の瀬を感じたい。冬の足おと、だんだん近づいてきたね。

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382

ポケットの夢。

彼は子どもの頃から、じぶんの夢を秘密にしていた。そんなの無理、と言われることを恐れていたから。あたらしい夢が生まれるたびに、ひとつ、またひとつとポケットの中に押し込んでいった。ポケットは夢で大きくふくらんでいき、ついにポケットは破けて夢がぽろぽろと地面へ落ちていった。道ゆく人たちは夢を拾い上げて、勝手に夢を実現していった。彼は新聞を広げて「これ、実は僕の夢が元になってるんだ」と、恋人に自慢した。次の日、彼は新しいジャケットを着ていた。恋人がプレゼントしたものだった。ポケットにメモが入っていた。(夢はポケットに2個まで。さっさと行動に移すこと!!)

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381

バターをかいに。

おとなりのみいこさんが、しょんぼりしてる。さっきからまどべで、ほおづえついてる。ためいきついてる。なにがあったの。(なにもきかない)そうだそうだ、ふんわりホットケーキをさしいれしよう。どうぶつのかたちのビスケットもいいね。あまいたまごやきもどうかしら。それにはきいろいバターがひつようだ。なにはともあれ、バターをかいにいってきます。バターでみいこさんによろこんでもらいます。

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380

そうなったらそうしよう。

晴れたらお日さまの匂いを感じよう。雨なら雨音に耳を澄まそう。風が吹けば手のひらを風にあてよう。約束を破られたら散歩でもして帰ろう。噂話を聞いたら好きな音楽で耳を洗おう。疲れたらため息ついて毛布にくるまろう。朝がきたらゆっくりと歩きだそう。

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379

いい色のカフェオレ。

影の部分と、ヒカリの部分が、いい具合に混ざり合えば。ほら、奥行きのある魅力的な雰囲気ができあがる。あなたの暗さも明るさも、黒い部分も白い部分も、いじわるさも優しさも、ウラもオモテも、スプーンでくるくるかき混ぜて。あなた色したカフェオレ、今日もフーフーいいながら(たまに舌をやけどしながら)味わうとしましょうか。

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378

ネコのテーブルマナー。

おねえさんが缶詰を触った瞬間にダッシュで駆け寄りましょう/足首から太もものあたりまで爪を立ててよじ登り、空腹であることをアピールしましょう/早く!大盛りでお願い!と、言葉のアピールも忘れずに/皿に盛られたら口から直接いただきましょう/ゴハンが散らばっても気にしないこと/むしろおねえさんは「まぁまぁ」と目を細めて喜びます/食べるのが遅いきょうだいがいても、横取りしてはいけません/食後の身だしなみは念入りに/次におねえさんの食事が始まるまで待機/膝の上に乗って”焼き鮭”を狙いましょう/ダメ!と言われてもしつこく/ビールを取りにいく時がチャンス/焼き鮭を齧って逃げましょう

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377

17歳の1週間。

月曜日に告白した。火曜日に返事をもらった。水曜日にデイトの下見をした。木曜日に髪を切った。金曜日にデイトに誘った。土曜日に喫茶店→プラネタリウム→プラモデル屋のデイトをした。日曜日に電話でフラれた。あー水曜日に時間を戻してくれ!姉貴に相談したら(デイトコースは関係ない!)と言われた。そんな僕の7デイズ。

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376

約束をしない約束。         

私は約束を破ったことがない。なぜなら私は誰とも約束をしないから。自分への約束も守れない私が、自分以外の人と約束をするなんて、そんな図々しさを私は持ち合わせていない。明日の気分なんて、今日はわからない。1秒後、1ヶ月後、1年後なんてわかるはずがない。私の気持ちはいつも移ろい続けている。オーロラのように変わり続けている。ほら、今だってパンケーキをオーダーするつもりが、おもわずハムサンドって言っている。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com