おやつのイメージ。
旅に出るにも、会社を辞めるにも、デイトをするにも、イメージがなければやらない方がいい。イメージがだいじ。イメージがあればゆたかになれる。イメージがあればぴたりとはまる。無理やりやっても、じぶんの中に落ちていかない。すてきになれない。おやつひとつ食べるのにも、イメージがなければ食べない方がいい。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
旅に出るにも、会社を辞めるにも、デイトをするにも、イメージがなければやらない方がいい。イメージがだいじ。イメージがあればゆたかになれる。イメージがあればぴたりとはまる。無理やりやっても、じぶんの中に落ちていかない。すてきになれない。おやつひとつ食べるのにも、イメージがなければ食べない方がいい。
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この日が来るのが待ち遠しかった。いつもの本屋のいつもの場所に、その雑誌は平積みしてあった。熱々のスープを運ぶように、両手で雑誌を扱いお金を払う。さぁ行き先は決まっている。いつもの喫茶店だ。朱色のヴェルヴェット製のソファに座ると、すかさずブラジル(コーヒー)を注文する。一度呼吸を整えて、テラテラと輝く表紙を指の腹でなでる。ゆっくりとページをめくると、サングラスの広告が載っていた。ストライプのパラソルのしたで、リラックスしている男女がいる。さらにめくると、目次が目に飛び込む。あらかじめ内容を知りたくなかったので、目次はスキップした。特集記事がはじまった。「飛行機に住む、それはいいアイデア」というキャッチフレーズ。どうやらいろんな飛行機に乗って、世界中を旅する企画のようだ。パンアメリカン航空の機内食の写真は、興味深かった。ブルーのロゴマークが入った白い箱と、やはりロゴマークが入った白いマグカップ。見開きで贅沢に見せている。左下にレイアウトされている小さな写真で、白い箱の中身がハムサンドであることがわかる。ブラニフ航空のバーカウンターの写真も素晴らしかった。バーテンダーになりきったスチュワードが、グリーンのカクテルを乗客に差し出している。子どもたちはチェリーが乗った白いシェイクを、ストローで飲んでいる。(なにひとつふこうなことはおこらない)そんなイメージが誌面から浮かび上がってくる。目の前にブラジルが届いた。唇を火傷しないように気をつけながら、ひとくちすする。もう一度、深呼吸。一番楽しみにしているのは、辛口映画評論のページだ。シネフィルたちからの支持が真っ二つに分かれる、思い切った評論が大好きなのだ。いったん雑誌を閉じる自分がいる。心臓の音がおさまるまで、しばらくブラジルだけを味わうことにする。
*雑誌の内容は架空のものです。あくまでも理想の雑誌です。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
ねこ「おまえはいいよな。一日じゅう冷たい水の中で泳いで。」金魚「あんたこそいいわよ。ソファの上でゴロゴロして。」ねこ「おもちゃで狩の練習してもつまらないだろ。」金魚「私は大きな海で泳いでみたいなぁ。」ねこ「あ、ショウタが帰ってきた!」金魚「なにあの疲れた顔。」ねこ「今夜も残業か。」そのとき金魚は言った。「一番大変なのはニンゲンね。」
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嫉妬も羨望も不安も焦燥も後悔も、ぜんぶまとめてジューサーミキサーに放り込んで、スイッチオン。自分のネガティブ思考がものすごい勢いで粉々になって、ぐるぐると混ざり合っていく。ダークな色をした、ドロドロのジュースができあがるのかな。(怖いもの見たさで興味津々)なのに予想に反して、回転するほどに色が抜けていって。グラスに注いだそれは、澄みきった美しい液体だった。ひと口飲んでみる。冷たくて美味しい水だった。“負の感情だ”と自分自身で嫌っていたけれど、すべてはピュアな成分でできていたのだった。
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黄色い月のてっぺんまで登ると、めそめそした生き物がおりました。涙をずっと拭いている。近くまでいくとそれは人間でした。300年前に一緒に働いていた元同僚でした。ライバル同士でよく競い合ったっけ。僕は、落ち込み過ぎると逆に愉快になるんだがなぁ、と話しかけました。元同僚は、まだそこまで落ちてない、と言って顔をあげました。こいつ、変わってないな、と思いつつまぁいいさ。何を悲しんでいるのかわからないけど、とりあえず隣に座ってみました。んーんんーんーーー♪僕は歌を知らないから、即興でうたう。相変わらず下手だな、と元同僚は小さく笑いました。ふたりは黙って、いくつもの流れ星を見送りました。僕は彼が抱えている悩みが消えますように、とこころの中で願いごとをした。
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家にいるのに、家に帰りたい。家にいるのに、心細い。家にいるのに、そわそわする。そんな感覚をおぼえたら、身体という家を点検してみよう。空気の入れ替えは、できているか。血液という川は、すらすら流れているか。骨という柱は、しっかり伸びているか。筋肉という壁は、しなやかで強いか。そして、真ん中にあるこころは、どんな表情をしているか。身体の住み心地はどうだろう。本当の家は自分の身体だ。身体が家だ。
*「電車は遅れておりますが」で書いたお話「ソーダ水まであとすこし。」が曲になりました。(作詞家デビュー♡照)シュワシュワと聴いてみてくださいね。
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ずっとビルの谷を彷徨っている。はぁはぁと息を切らしながら、駆けずりまわっている。地響きのする在処(ありか)を突き止めたくて、異次元の色彩を見上げたくて、ただただ苛立ちだけが先走る。暗い雲だらけの空は、時折フラッシュを焚いたようにまばたきをする。狂ったような爆発音が、自分の胸にまっすぐ突き刺さってくる。こんなにも近くにいるのに。手の、届かない、憧れ。もうあきらめよう。ため息とともに、振り返った瞬間。何百億個もの光の粒が浮かび上がり、スローモーションで落ちていくのが、見えた。
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なにも二人になった帰り道で“あの娘って不思議だよね”なんてセリフ、言わなくてもいいんじゃない。いっそ『不思議より→かわいい』の方が罪が浅い。不思議?ふしぎ?なにそのニュアンス。いつだって恋愛は“不思議”から始まるのだ、大昔から。あぁ凡ミス。98%片想いの彼に、モテ女なんて紹介しなければよかった。どうしたの?酔いがまわった?覗き込む彼に「舌を火傷しちゃたの、ピザで」と嘘をついた。今夜のマルゲリータは美味しかった。そして最後の一枚を、無邪気にたいらげていたモテ女の横顔を思い出す。あぁ。悪いのはモテ女じゃない。私が空回りしてるだけで…。「もう一軒行かない?もう少し話したかったな」彼は少し照れながら言った。私の心臓がトクトクあばれだした。「うん。冷たいモヒートで舌と頭を冷やしたい」夏のなまぬるい風が、ほっぺたに触った。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
真夏に家を出ることは、真冬に計画していたことだった。太陽よりも強い意志で、コカ・コーラよりも強い刺激を求めて、Tシャツ数枚と、読み古した文庫本と、バイトで貯めたお金を背中にしょって、オートバイにまたがる。遠くの空はどこまでも青く、蝉の合唱がワンワンとこだましている。自分の本当の人生は、いま始まったばかりだ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
磨いた肌に、長いまつ毛で影をつくり、指先はクリアに染めて、ヒールは8.5センチ、背筋は糸がピンと張ったように、音楽にあわせて身体を揺らすことはせず、カウンター越しに繰り広げられる、しなやかな所作を見つめながら、グラスの淵をまわる氷の音を感じながら、目の前に届く美しい色のカクテルを、静かに、そして情熱的に、待っている。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。
自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。
でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。
そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。
広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。
color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com
◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。
イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com