405

夕焼けの合図。

どちらかがバイバイの気配を投げなければ、キャッチボールは永遠に続く。あいつのボールと僕のボールは会話になっている。言葉がなくても話している。むこうが思いっきり投げてくれば、こっちもさらに思いっきり。クスッと笑みがこぼれる。オレンジ色の太陽が、ゆっくりとビルの向こうに吸い込まれていく。あと一球、あと一球だけ。白いボールが、薄暗い空にポーンと高く舞い上がる。僕は駆け寄って、目を凝らしながらグローブにおさめる。これがバイバイの合図。今日も自分から言い出せなかった。ちょっとくやしい。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

404

うそがわかる猫。

ハハはお客さんが来るとふわりと抱っこしてやさしく撫でるんだ。でもアタシと二人っきりの時は触ってもこない。ごはんをくれるのはハハなのでその時だけはアタシの方から足に絡みつくけどね。チチは夜中にひとりでテレビをみている。アタシはかわいそうになって膝にのる。チチはのどを掻いてくれる。そしてたまに泣いているのを知っている。ケンタは最近好きなこができた。勉強机でそのこの写真をながめている。アタシが写真の上に座ろうとしたら(だめぇー)と言った。おこった顔というよりニマニマしていた。ここの家族は本当のことをしゃべらない。

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403

断らないタイプの男。

映画館を出ると陽が落ちていた。ラストシーンが頭の中で何度もリピートされる。まわりの観客は泣いていたようだったが、ついに涙までは出なかった。赤や黄色のネオンが彼の白いシャツに映り込む。「ウイスキー専門のバーが開店しました!」スレンダーな女性がショップカードを渡す。そして受け取る。「コンタクトレンズがお安くなっています!」筋肉質の男性がチラシを渡す。そして受け取る。彼はアルコールが飲めないし、コンタクトレンズも必要がなかった。しかし軽く会釈までして、ただ何となく受け取ってしまうのだった。彼は人生で断った経験が、数えるほどしかなかった。頭の中で映画のラトシーンを反芻する。自分に惚れている女にきっぱりと別れを告げる主人公。彼にはわかっていた。自分が断らないのは優しさではない。臆病なだけだと。夜の繁華街を歩き続ける。星のない夜空を見上げる。彼は決心した。彼は自由になりたかった。40億の遺産を受け継ぐことを断ろう。断ることで新しい人生が始まるのだ。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

402

アイスクリームの組み合わせ。

「わがままミルクと、きまじめミントと、嘘つきラムレーズンくださーい」前髪ぱっつんのお嬢さんは、三段重ねのアイスクリームを注文。「失恋アールグレイと、うたたね夏みかんと、大はしゃぎキャラメルをください」参考書を抱えた色白男子大学生が注文。「金庫破りダークチョコと、嘘泣きメロンと、雨の日バニラをお願いします」ふわふわ毛並みの三毛猫が丸い手でお金を差し出した。アイスクリームの組み合わせにはドラマがある。そしてそのドラマの真実を読み取るのはムズカシイ。

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401

つくろいもののじかん。

今日という日をたっぷり活動したから、身体もこころもくたびれました。お風呂でゆっくりとゆるみましょう。生まれたての赤ちゃんみたいに、ふかふかのタオルで包んであげて。透明な水をのどにすべらせたら、化粧水を肌にじんわりと染み込ませて。よく歩いたかかとにも栄養のあるクリームを。テレビを消して、夜空を見上げる。宇宙に明日の願いごと。眠るときは無責任な人になって、頭の中はからっぽに。

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400

宇宙の泡。

目の検査でカラフルな気球を見つめていたら、すぅーっと吸い込まれて、気がついたらあっち側にいた。気球にはシャンパンが用意されていた。一口サイズのチーズもある。居心地は悪くない。私は少し地球に飽きていたので、行くところまで行ってもいいなと思った。ぐんぐん上へあがっていくと、宇宙色の空に変わってきた。液体のような紺色に、金色の星が敷きつめられている。気球から飛び降りて、星の絨毯の上にごろごろと転がってみる。金色の粉がゆっくり舞い上がり、私の全身はきらきらと輝いている。上を見あげると、大きな半分の月が浮いている。月まで行ってみるか、どうするか。私はシャンパンの残りを飲みながら、考えてみる。気の抜けたシャンパンの味。恋人と語り明かした時の味。グラスの中の小さな泡が、ひとつふたつのぼっていく。(やっぱり帰ろう)ピンクに塗られた爪で、パラシュートに傷をつける。気球はゆっくりと地球に向かって下降していく。星屑を手ですくっては、シャンパンの空の瓶に入れる。地球に暮らす恋人へのおみやげに。

*今日で400話まできましたーーー。ちいさなお話が星屑のように浮かんでいます。いつも読んでくださってありがとうございます。まだまだ一緒に旅を続けてくださいね。

シラスアキコ

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

399

すてき貯金。

チャリン!明日ドーナツを食べる約束をジブンとしよう。チャリン!今年の夏はグリーンのギンガムチェックの水着にしよう。チャリン!そろそろ妹と仲直り、ごめんの練習しよう。チャリン!妹にクリーム味のキノコパスタを作ってあげよう。チャリン!映画でみた白いチューリップを探しにいこう。チャリン!髪がもっと伸びたら、ママのカーラー借りてクルクル巻きにしてみよう。チャリン!夜眠る前にクラスのMくんと話せますようにとお祈りしよう。チャリン!チャリン!(すてき銀行より:すてきは貯まる一方です。すてきをどんどん使っていきましょう。)

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398

カプチーノブルース。

泡みたいな恋だった。一晩もたてば消えて無くなる。あとかたも無くなる。こころに引っ掻き傷さえ残せない。頼りない時間。ホントウなんてどこにある。嘘が嘘をまとえば、嘘の匂いも蒸発する。用心深く塗ったネイルのヨレが、時おり涙を誘うけど。遠い昨日の顔をした、冷えたカプチーノ。ふたりの気配はどこにもない。

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397

泣けない理由。

ベッドに入ったら泣こうとおもったけど、泣く前に眠ってしまった。あさ目が覚めたとたん泣こうとおもったけど、遅刻しそうだったので飛び起きた。昼ごはんを買いに行くとき泣こうとおもったけど、カレーのいい匂いにつられて行列に並んだ。夕焼けを浴びながら今度こそ泣こうとおもったけど、あまりにもベタ過ぎるのでやめた。なかなか泣けない私に、笑いがこみあげてきた。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

396

春のフライング。

ヒカリの粒がまとわりついて離れない。走っても、飛んでも、キラキラとじゃれあってくる。よーく見るとヒカリの粒はパラシュートを背負ってる。どうやら天からゆっくりと降りてきたそうだ。(春の練習をしにきたらしい)ちょっとフライングだけど、このままヒカリと一緒に広い場所へ遊びにいこう。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com