221

感情デパートメント。

一番売れているのは「ポッ」です。ポッと恋心が生まれたり、ポッと恥じらいを感じたり。そういった感情がいま不足しているのでしょう。

「まぁね」も人気です。まぁねは、手持ちの激しい感情に混ぜるといい味にかわるから。とても使い勝手がいいとご好評いただいています。

おすすめですか?「ほぅ」はいかがでしょう。生きていると思ってもみないことが起こります。そんな時に「ほぅそうきたか」「ほぅなるほどね」と。「ほぅ」は間が抜けてるようでいて、クールな魅力がありますよ。

あたらしい感情も開発中です。「だいじょーぶ」より少し繊細さをふくんだ「ちゅうじょーぶ」。きっとお気に召していただけるとおもいます。

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

220

おとなのひと。

おとなのひとは、いそがしい。

なつはあついあついと、もんくをいう。

ふゆはさむいさむいと、もんくをいう。

 

おとなのひとは、ふしぎだ。

りょこうにいきたい、いきたいという。

かえってきたら、いえがいちばんいいという。

 

おとなのひとは、ふあんがすき。

きょうもごはんをたべるおかねを、もっている。

きょうもおかねがたりないと、なげいている。

 

おとなのひとは、むかしがすき。

あのころはすてきだったと、うっとりしてる。

あのころもたっぷりなやんでいたこと、わすれてる。

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

 

219

返し忘れた本。

彼女とは夏の最初に出会って、夏の終わりに別れた。僕も彼女も、二十歳にもう少しで手が届きそうな年齢だった。あまり細かなことは思い出せない。ただ、コンサートの帰りに彼女を寮まで送っていった夜のことは、不思議なくらいありありと浮かび上がってくる。坂道の途中、先に満月に気がついたのは彼女だった。黄色い月は、後方からやさしくふたりを照らしていた。僕たちはくるりと後ろ向きになり、月を眺めながら坂を登った。とても変な登り方。彼女のいたずらっぽい顔を知った瞬間だった。60日間ともたなかった、タイトルもない僕たちの物語。きっとどちらかが、どちらかを遠ざけたんだろう。あっけない恋。なのに、今でも本棚に刺さっている一冊が、彼女の不在を僕に伝え続けている。もう返すこともない、彼女から借りた本が。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

218

ありあわせの友情。

連絡もなしにピンポーン!だなんて、学生の頃のわたしたちみたいだね。さぁさ、入ってよ。用事なんてなくてもいいよ。こっちもぼんやりしてたんだから。ワンピース、かわいいじゃない。え、おぼえてない。去年も着てたっけ。(何にも言わなくてもいいよ、言いたくなってからで)おなか空かない。まだ食べてないんでしょ。昼につくったパスタの残りでいい。あとはキューリを切ろう。ゆっくりでいいんじゃない。ゆっくりがいいよ。がんばって立ち直らなくても、いいとおもう。いつかは私が助けてもらったね、あのときも、あのときも。今度はわたしの番。といっても、ありあわせのわたしで、一緒にいることくらいしかできないけれど。呑も!

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

217

スモールチーム。

誰にも知られたくない悩みも。

ほんとは褒めてもらいたい出来事も。

押し寄せてくる不安の影も。

口に出せない夢も。

悪いとわかっていても直せない癖も。

いざという時に欲しい言葉も。

平気な顔して平気じゃない瞬間も。

あなたのすべてを知っている人がいる。

あなたにぴったりとくっついて、

どんな時でも味方をしてくれる人がいる。

しぬまで一緒にいてくれる人がいる。

それは、あなたの中にいる、もうひとりのあなた。

世界で一番小さい、最強のチーム。

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

216

空のレストラン。

おひさまのやさしい匂いにうっとりしながら、仰向けにゴロン。のんきに浮かぶフワフワの雲を、スプーンでひとくち。シュッと口の中でなくなった。ほんのり甘い、お砂糖あじだ。ゆっくりと泳いでるうすーい雲も、スプーンですくう。冷たっ。こちらはソーダあじ。大きく広がるブルーの空も、味みしてみたいなぁ。スプーンより、ストローの方がいいみたい。チューーーーー。ん?パイナップル?見た目と違うから、ちょっとびっくり。そうだ、きっと昨夜のお月さまの味が、ブルーの空に残ってるんだとおもう。

 

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215

ひとり、の、ぼく。

帰宅。空気。からっぽ。水やり(葉っぱに)。ビールやり(自分に)。ふぅ。窓がらり。月と目があう。ごくり。暗闇。こころの中。落ちてる自分。落ちつく。いいきもち。とても広い。漂う。泳ぐ。気持ち野放し。今朝見た夢。残ってる。輪郭。深い呼吸。宇宙。溶け込む。あ、可笑しい。月から見たぼく。どんな顔してる。

 

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214

43秒のミステリー。

僕が指定した場所は、風の吹く断崖絶壁だった。見下ろすと、白い波が台風の目のように渦巻いている。彼女は黒いトレンチコートを着込んで、まっすぐに立っている。黒いカチューシャでおさえた髪が、派手に舞っている。僕はジャケットの内ポケットに準備したものを、さり気なく確認する。彼女の両手は、トレンチコートのポケットに突っ込んだままだ。彼女の左手が動きだすその瞬間、僕は内ポケットから小さな箱を取り出した。そしてゆっくりと蓋をあける。彼女はじっとその中を見つめている。口角を上げ、ゆっくりとうなずいた。僕のプロポーズは成功したようだ。彼女はモノクロームの空に左手をかざして、僕の耳元でそっと囁いた。「私の指、空けといてよかった」

 

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213

ノン・タラレバ。

ねこにはタラレバがない。

あの時、こうしてタラ。もっと、こうしてレバ。

ねこは一度も過去を振り返り、悔やんだことがない。

ねこは“イマ”気持ちいいこと、“イマ”面白いこと、

“イマ”美味しいことしか興味がない。

ねこには“モシモ”の不安もない。

未来をあれこれ思い巡らし、恐怖を感じたりしない。

ねこは“イマ”だけを生きている。

ねこは猫背だけど、ねこの背中は潔い。

(にんげんもノン・タラレバ&ノン・モシモで生きていけたらいいな)

 

 

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212

夕焼けに溶けた恋。

先輩に彼女ができたらしい。

密かに憧れ続けていた先輩。

部活で会うと妹みたいにからかってくる先輩。

本当は兄ではなく、彼氏になって欲しかった。

学校の帰り道、ひとり夕焼けの街を歩く。

先輩の彼女なら、きっと美人なんだろうな。

きっと大人っぽくて、頭がよくて。

「おぅ!」後ろから頭をポンと小突いたのは、先輩だった。

私はいつもの軽いジョークを飛ばそうとしたけれど、何も出てこない。

先輩は(ん?)と首を傾げて私を覗き込んだあと、ぐんぐん前を歩いていく。

先輩の背中が、オレンジ色に溶け込んでいく。

先輩は今この瞬間も、彼女のことを考えているのだろうか。

私の小さな恋が見えなくなっていく。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com