この日が来るのが待ち遠しかった。いつもの本屋のいつもの場所に、その雑誌は平積みしてあった。熱々のスープを運ぶように、両手で雑誌を扱いお金を払う。さぁ行き先は決まっている。いつもの喫茶店だ。朱色のヴェルヴェット製のソファに座ると、すかさずブラジル(コーヒー)を注文する。一度呼吸を整えて、テラテラと輝く表紙を指の腹でなでる。ゆっくりとページをめくると、サングラスの広告が載っていた。ストライプのパラソルのしたで、リラックスしている男女がいる。さらにめくると、目次が目に飛び込む。あらかじめ内容を知りたくなかったので、目次はスキップした。特集記事がはじまった。「飛行機に住む、それはいいアイデア」というキャッチフレーズ。どうやらいろんな飛行機に乗って、世界中を旅する企画のようだ。パンアメリカン航空の機内食の写真は、興味深かった。ブルーのロゴマークが入った白い箱と、やはりロゴマークが入った白いマグカップ。見開きで贅沢に見せている。左下にレイアウトされている小さな写真で、白い箱の中身がハムサンドであることがわかる。ブラニフ航空のバーカウンターの写真も素晴らしかった。バーテンダーになりきったスチュワードが、グリーンのカクテルを乗客に差し出している。子どもたちはチェリーが乗った白いシェイクを、ストローで飲んでいる。(なにひとつふこうなことはおこらない)そんなイメージが誌面から浮かび上がってくる。目の前にブラジルが届いた。唇を火傷しないように気をつけながら、ひとくちすする。もう一度、深呼吸。一番楽しみにしているのは、辛口映画評論のページだ。シネフィルたちからの支持が真っ二つに分かれる、思い切った評論が大好きなのだ。いったん雑誌を閉じる自分がいる。心臓の音がおさまるまで、しばらくブラジルだけを味わうことにする。
*雑誌の内容は架空のものです。あくまでも理想の雑誌です。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。