285

デイトのルール。

車道側を歩け。歩く速度を彼女にあわせろ。何が食べたい?って聞け。沈黙を恐れるな。(しゃべりすぎるな)服を褒めろ。化粧は褒めなくていい。友達から言われた注意事項を頭の中で繰り返しながら、僕はデイトの待ち合わせ場所に向かっている。ただ問題なのはエラそうな友達も、デイトの経験が一度もないことだ。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

284

最高の再会。

数十年会わなかった友達と会った。1秒でむかしに戻れた。数十年ぶんの時間なんて、ひょいと越えられた。もう目が笑ってる。冗談を言わなくても、すべてが冗談みたい。面白くてしかたない。面白すぎて目に涙がふくらんできたよ。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

283

ふあんとともだち。

ふあんは、ふわーんと近づいてくる。ふあんは姿かたちがない。どのくらいの大きさなのかもわからない。ニンゲンはふあんがダイキライ。ふあんを無理やり追い出そうとすると、ふあんはぴとっとくっついてくる。「ふあんよ!よく来てくれた」ふあんをふわーんと抱きしめてあげる。ふあんは安心していつのまにかいなくなる。

 

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282

夕暮れサーカス。

僕のこころは動かない、あの日から、ずっと。動かなくなってしまった。器用に会釈をしたり、会話をしたり、日常生活には困らない。でも美味しいラーメンを食べて「美味しいなぁ」という事実はわかったとしても、こころにまでは落ちてこない。つまらない。いよいよ、つまらない男になってしまった。ソファから立ち上がり、キッチンまでの数歩をあるく。水道水をコップに注ぐ。またソファに戻ろうとした、その時。窓の外に異変を感じた。空が濃いピンクと明るいオレンジ色に変わっていた。空自身が精一杯に“夕暮れ”の表現をしていた。空中ブランコは惜しげも無く、まぶしい色彩をのびのびと放っていた。窓をあけて空を吸い込んだ。その数秒のあいだで、もう空の色は変化していた。あ、いまこころが動いた。驚いた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

281

きゅうけいちゅう。

ふわっとほうっておこう、そのもんだい。わすれたふりしておこう、あのことば。まっすぐあるくのをやめて、ふっとみちをそれてみよう。えらぶことにつかれたら、えらばなくてもいい。いきをしているだけで、じゅうぶんえらいから。

 

 

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280

彼女の星占い。

僕はいま髪を切っている。美容師の細い指先は、器用にハサミを動かしていく。シャリシャリと奏でるその音は、なかなか耳もとに心地いい。でも、僕のこころの中は大荒れだった。なぜなら彼女と大げんかをしたから。機嫌の悪い時の彼女は悪魔だ。僕のやることすべてにケチをつけるし、モノにはあたるし、一緒にいると息がつまりそう。

僕は静かにため息をつきながら、渡された雑誌をめくる。星占いのページで手が止まる。“まったく、あいつどんな運勢してんだよ…”思わず彼女の星座を探す。ラッキーアイテムはバナナケーキらしい。(そういえば彼女の好物だ)帰りに買って帰る?あぁ!こんなこと考えるじぶんに腹がたつ!鏡の中の僕は、なかなか面白い表情をしていた。

 

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279

じぶんにいいこと。

じぶんの目に、澄んだものを見せてあげよう。じぶんの耳に、きれいな音を聞かせてあげよう。じぶんの身体に、新鮮なものを送り込んであげよう。じぶんのこころに、やさしい言葉をかけてあげよう。ほころんでいたら、お直ししてあげよう。きつかったら、ほどいてあげよう。遊びたかったら、野放しにしてあげよう。

 

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278

引き算のひと。

どんどん引いていったら、どーんと魅力があらわれる。古ぼけた言い訳も、ちっぽけなプライドも、引いて、引いていったら、地球にいっこしかないヒカリが見えてくる。誰にもまねできないそのひとだけのヒカリ。(足りないところを足さなきゃ、って足し算やっていくと、生き物としての輝きが曇っていくね)さぁさ、いま着てる鎧(よろい)も脱いだ、脱いだ!

 

 

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277

スロースターター!!!

明日やれることは、明日やろう/今日やれることも、明日やろう/気持ちがのらないときは、手をつけない/ダメなひとねって言われても、気にしない/集中できないときは、さっさと退散/そんなじぶんと、とことんつきあおう/サイテーなじぶんを、じぶんだけは信じよう(ピース!!!)

 

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新

276

ラジオデイト。

黒いギンガムチェックのワンピースの彼女と、モスグリーンのセーターを着込んだ彼は、それぞれのコーヒーを目の前に置いたまま黙り込んでいる。彼女は遠くの空を眺めているし、彼は自分の手のひらをじぃーっと見つめている。と、突然、ふたりは同時に笑いだした。見つめ合って笑いだした。恋人たちはカフェに流れるラジオに夢中だった。ディスクジョッキーも可笑しくてしかたない、といった風の喋り方だった。秋の一番最初の日、午後のことだった。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com