319

音だけの花火。

ずっとビルの谷を彷徨っている。はぁはぁと息を切らしながら、駆けずりまわっている。地響きのする在処(ありか)を突き止めたくて、異次元の色彩を見上げたくて、ただただ苛立ちだけが先走る。暗い雲だらけの空は、時折フラッシュを焚いたようにまばたきをする。狂ったような爆発音が、自分の胸にまっすぐ突き刺さってくる。こんなにも近くにいるのに。手の、届かない、憧れ。もうあきらめよう。ため息とともに、振り返った瞬間。何百億個もの光の粒が浮かび上がり、スローモーションで落ちていくのが、見えた。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

318

ジェラシーマルゲリータ。

なにも二人になった帰り道で“あの娘って不思議だよね”なんてセリフ、言わなくてもいいんじゃない。いっそ『不思議より→かわいい』の方が罪が浅い。不思議?ふしぎ?なにそのニュアンス。いつだって恋愛は“不思議”から始まるのだ、大昔から。あぁ凡ミス。98%片想いの彼に、モテ女なんて紹介しなければよかった。どうしたの?酔いがまわった?覗き込む彼に「舌を火傷しちゃたの、ピザで」と嘘をついた。今夜のマルゲリータは美味しかった。そして最後の一枚を、無邪気にたいらげていたモテ女の横顔を思い出す。あぁ。悪いのはモテ女じゃない。私が空回りしてるだけで…。「もう一軒行かない?もう少し話したかったな」彼は少し照れながら言った。私の心臓がトクトクあばれだした。「うん。冷たいモヒートで舌と頭を冷やしたい」夏のなまぬるい風が、ほっぺたに触った。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

317

ドロップアウト。

真夏に家を出ることは、真冬に計画していたことだった。太陽よりも強い意志で、コカ・コーラよりも強い刺激を求めて、Tシャツ数枚と、読み古した文庫本と、バイトで貯めたお金を背中にしょって、オートバイにまたがる。遠くの空はどこまでも青く、蝉の合唱がワンワンとこだましている。自分の本当の人生は、いま始まったばかりだ。

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316

チャイナ・ブルーをのむために。

磨いた肌に、長いまつ毛で影をつくり、指先はクリアに染めて、ヒールは8.5センチ、背筋は糸がピンと張ったように、音楽にあわせて身体を揺らすことはせず、カウンター越しに繰り広げられる、しなやかな所作を見つめながら、グラスの淵をまわる氷の音を感じながら、目の前に届く美しい色のカクテルを、静かに、そして情熱的に、待っている。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

315

星屑ピアス。

別れたって噂、聞いたけど/もう何も感じない/あの日から、傷つく柔らかさ、消えた/上澄みの中を泳いでいよう/混ぜっ返すことなんてしない/深く潜ることなんてしない/ぼんやり浮かぶ月、目の中に映った/あれだけ流した涙/せめて、一滴だけ/耳もとに残して

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314

ミニスカートメソッド。

まっすぐに地面に向かった脚が、さっそうと歩き出す。8ビートに乗って、ソフトクリームを舐めて、厚めの前髪をスパッと切って。ニュースキャスターの言葉なんて、右から左。“大好き”の確信をギュッとつかんで、風に吹かれてもっと先まで。ミニスカートの脚は、媚(こび)も不安も1ミリも知らない。

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313

告白前夜。


焼き上がりまであと何分?あなたに恋焦がれてもう何年?静まり返った真夜中に、微糖なクッキーを焼いています。ずっと甘さのバランスをはかり過ぎて、あなたの前では必要以上にクールな振る舞いをしてきたね。でも、ここらで手を打ちましょう。傷つく覚悟はできている。これ以上焼き続けてしまったら、私の恋心は灰になってしまうから。

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312

ハッピーのしっぽ。

ちらりと、見えた、気がする。いいことおこりそうな、ハッピーのしっぽ。つかまえにいく?それとも、そっとまってる?どっちも正解。インスピレーションにおまかせしよう。(でもね)ハッピーのしっぽは気まぐれだから、無理やり引っぱることはやめておこう。ほら!ふわふわで美しいハッピーのしっぽ、また見えた!

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311

食堂車の揺らぎ。

糊のきいた白いテーブルクロスの上でメニューを熟読した結果、オムライスに決定!と(空腹の)腹を決めた瞬間、列車は急カーブ。グラリと身体が傾く。グリーンのガラス瓶に刺さった一輪の黄色いバラも、グラリ。やっぱりエビフライもいいな、と決心までが傾く。列車の中でサクサクと咀嚼する陽気なエビフライは、旅のテンションまで上げてくれるに違いない。いや、それとも最初にピンときたチキンカレーに戻るべきか。スパイシーな辛味と風味で、旅の五感を冴えざえと震わせたかったのだった。隣のテーブルのご婦人に運ばれたてきたのは、ハムサンドとカフェオレ。銀の盆に盛られたハムサンドからは艶々とマヨネーズがはみだしているし、揚げたてとおもわれるフライドポテトは黄金色に輝いている。あぁ、自分はこんなにも優柔不断な性格だったのか。頬杖をついて窓の外に広がる青い湖に想いを馳せていると、突然真っ暗なトンネルに突入。ゴーーーッという鈍い音とともに、食堂車の白っぽい照明が一人旅の心細さを誘う。よし、トンネルから出るまでには決断するのだ。今、一番食べたいものは?!(さて、主人公は何を選んだのでしょうか)

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310

嬉し悲し涙。

どのくらい、何の成分が入っているのかわからない。自分で流している涙が、どの部分から、どういう順路であふれ出てきているのか、わからない。理由があって流れる涙もあれば、理由もなく流れる涙もあるんだ。ものすごく嬉しい気もするし、悲しい気もするし、どちらも混ざっている気もするし。ただこころの奥の方で、何かが反応しているに違いない。涙は自分の気持ちより先に、気づいてくれる、わかってくれる。涙に抱きしめられるのも、わるくない。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com