290

ぼんやりふたり飲み。

ぽつりぽつり語ったあと、シーンと沈黙。突然、ひとりが思い出し笑い、からの、ふたりで大笑い。からの、シーン。こんな感じのサシ飲みって、ゼイタク。いいこと報告しなくちゃ、とか、久々会ったんだから面白い相談を披露しなくちゃ、なんて必要ない。つまらないのが心地よい、ぼんやりサシ飲み、いかが。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

289

マイ・パトロール。

お湯をシューシュー沸かしながら、じぶんの中をパトロール。じぶんの中にぐんぐん潜って点検ちゅう。頭の中は思考のしすぎで少々空回りしているなぁ。(お疲れ気味だなぁ)目の奥は新しい風景を見たくてうずうずしてる。(感動的な景色見せてあげたい!)こころは頭と同じ方向むいていなくて、意外にもどっしりずっしりと落ち着いてるみたい。(もう少し軽くなってもいいなぁ)両足は寒空の中、いまにも駆け出しそう!(おぉ元気!)じぶんのカラダの中のみんな〜。それぞれ声かけあって、もうひとがんばりしちゃおう。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

288

ひとつ、ふたつ。

いきていると、まようね。じぶんのこと、わからない。なにをほしいかも、わからない。ほしいものは、あるはず。ほしのかずほど、あるはず。でも、いちばんほしいもの、なんだろ。いちばんほしいもの、わからない。ひとつ、ふたつ、かぞえてみる。まっくらなよぞらに、かぞえてみる。ひとつ、ふたつ。わからない。

 

*「電車は遅れております」は毎週火曜日に更新しています。

287

行き先を決めない夜。

TOKYOの端っこのバルでアルゼンチンタンゴに身を任せながら、シードルを2杯。ジャン=リュック・ゴダールの映画で何が一番好きかという話題を盗み聞きしながら、ジントニックを1杯。先輩がステンカラーコートを頭までかぶって雨の中に駆け出していった光景をリマインドしながら、ラフロイグのロックをすすっている。どこにも着地しない思考の自由。つづく。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

286

無言の伝言。

秋風はあのこのほっぺためがけて”ぴゅーっ”と吹いた。かなしいことの後は、うれしいことあるよ!って伝えたかったから。そして、かなしいことの中身は、うれしいことの種が混ざってるよ!って伝えたかったから。あのこは目を細めて迷惑そうにしている。その顔があまりにも可愛らしかったから、秋風はもうひとつ小さな風をおでこに吹きかけた。大丈夫だよ!

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

285

デイトのルール。

車道側を歩け。歩く速度を彼女にあわせろ。何が食べたい?って聞け。沈黙を恐れるな。(しゃべりすぎるな)服を褒めろ。化粧は褒めなくていい。友達から言われた注意事項を頭の中で繰り返しながら、僕はデイトの待ち合わせ場所に向かっている。ただ問題なのはエラそうな友達も、デイトの経験が一度もないことだ。

 

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284

最高の再会。

数十年会わなかった友達と会った。1秒でむかしに戻れた。数十年ぶんの時間なんて、ひょいと越えられた。もう目が笑ってる。冗談を言わなくても、すべてが冗談みたい。面白くてしかたない。面白すぎて目に涙がふくらんできたよ。

 

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283

ふあんとともだち。

ふあんは、ふわーんと近づいてくる。ふあんは姿かたちがない。どのくらいの大きさなのかもわからない。ニンゲンはふあんがダイキライ。ふあんを無理やり追い出そうとすると、ふあんはぴとっとくっついてくる。「ふあんよ!よく来てくれた」ふあんをふわーんと抱きしめてあげる。ふあんは安心していつのまにかいなくなる。

 

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282

夕暮れサーカス。

僕のこころは動かない、あの日から、ずっと。動かなくなってしまった。器用に会釈をしたり、会話をしたり、日常生活には困らない。でも美味しいラーメンを食べて「美味しいなぁ」という事実はわかったとしても、こころにまでは落ちてこない。つまらない。いよいよ、つまらない男になってしまった。ソファから立ち上がり、キッチンまでの数歩をあるく。水道水をコップに注ぐ。またソファに戻ろうとした、その時。窓の外に異変を感じた。空が濃いピンクと明るいオレンジ色に変わっていた。空自身が精一杯に“夕暮れ”の表現をしていた。空中ブランコは惜しげも無く、まぶしい色彩をのびのびと放っていた。窓をあけて空を吸い込んだ。その数秒のあいだで、もう空の色は変化していた。あ、いまこころが動いた。驚いた。

 

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281

きゅうけいちゅう。

ふわっとほうっておこう、そのもんだい。わすれたふりしておこう、あのことば。まっすぐあるくのをやめて、ふっとみちをそれてみよう。えらぶことにつかれたら、えらばなくてもいい。いきをしているだけで、じゅうぶんえらいから。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com