245

セーターの終りのほう。

去年、初めて木枯らしが吹いた朝も、クリスマスの夜も、大雪の新年も、お目当てのピザをテイクアウトした日も、図書館で静かに過ごした日も、ずっと一緒だった一枚のセーター。ぬくぬくと包んでくれた私の相棒。でも、もうあと少し。このセーターと過ごす時間は、終わりのほうだ。次に会う季節、お互いどんな気持ちでいるだろう。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

244

プランA to Z

プランAが駄目ですって?だったらプランBがある。プランBも無理?じゃプランCでどうだ。プランCもDもEも違うのですか?それではとっておきのプランFはいかがでしょう。もしプランFじゃないとしたら、プランGも用意しているのですよ。大丈夫。私はプランZまで考えているのです。(小声で)実はプランZにとどまらず、方法は無限にあるんです。本当に、無限に。

 

 

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243

ピクニックセンス。

恋人でもない、親友でもない。でもなにかと一緒にいる彼から、ピクニックに誘われた。バスケットから出てきたのは、よく冷えた白ワイン、クラッカーとクリームチーズ、枝豆入りコロッケ。(手ぶらでいいよ、は正解だった)しゃべったり、しゃべらなかったりしながら、ワインがゆっくり効いてくる。「はい、これ」。彼から渡されたのは、シャボン玉セット。(もしかして天才かな)明るいブルーの空に向かって、ふーーっ。虹色を映す透明の宝石が、勢いよく生まれていく。あぁソフトクリームの雲に届きそう。私たちって、本当はどういう関係なのかなって、考えようとしたけど。シャボン玉が、次々にパチンパチンと消えていくから、やっぱり考えるのはやーめた。

 

 

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242

また会えたら。

また会えたら、なにしよう。

また会えたら、なにはなす。

大きなステーキ、一緒に食べる。

綺麗なカクテル、一緒に飲む。

それよりも。それよりも。

また会えたら、くだらないことで笑いあいたい。

また会えたら、じいっと顔を見てみたい。

また会えたら、ほっぺをそっと触ってみたい。

 

 

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241

ひなたの贈りもの。

彼女は教科書が入った鞄を肩にかけて、右にぴょん、左にぴょん。まっすぐに歩き出したかとおもうと、(まばたきを始めた)青信号を駆け足で渡ってる。ほほう。太陽は気づきました。彼女はひなたを探しながら、歩いていたのでした。今度は立ち止まり、顔を空に向けてクンクンクン。ひなたの匂いを味わっています。太陽は嬉しくなってしまいました。今日はとびきりやわらかなヒカリを、地上に届けていたのです。太陽はまぶしそうな目をした彼女と、こころの中で握手をした、と感じました。

 

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240

はじまりのおわり。

コーヒーも飲み頃の温度だし。ピンと張った新品のノートも用意したし。空はスカッと晴れて、風はキュッと冷たくて。靴はピカピカで、まつげの調子もいい感じ。ベルは鳴った。はじまりはもうおわり。背筋を伸ばして、たったったっ。いま、あたまとからだとこころが、同じ方向をむいている。

 

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239

あきらめぐすり。

「これだけしかできなかった」を、まぁいいや、ってあきらめよう。

「これだけはできた」が、きらきらとかがきだすから。

「こんなはずじゃなかった」を、まぁいいや、ってあきらめよう。

「こんなふうになっちゃって」と、おもしろがれるから。

まぁいいや、ってあきらめると、あたらしいけしきがみえてくる。

 

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238

ともだちの彼女。

ともだちと僕は好みが似ている。好きな音楽も好きな映画も好きなゲームも、ほぼ一致する。しんでも口に出さないけれど、僕はともだちの彼女のことが好き。そして困ったことに、ともだちの彼女と僕は話があう。学校の帰り道、偶然彼女と一緒になった。好きなアーティストの話で盛り上がり「じゃレコード貸してあげるよ」と、僕。「うれしい!」の後に、彼女はぽつり。「彼にはナイショね」と。僕はひとりになって頭の中が「??????????」になった。あぁ、彼女のことを一番知っているはずの、ともだちに相談したい。だめだ。ともだちは彼女の彼氏なんだから。

 

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237

ちょうどいい。

くたびれたうさぎは、訪ねて来てくれたねこを30%の笑顔でしか迎えることができませんでした。ねこは言いました。「ジブンもくたびれてるから、気にしないで。」ふたりはだまってお菓子を食べました。ねこが思い出し笑いをしました。うさぎもそれにつられました。クスクスクス、クス。部屋の空気がまぁるく満ちていました。

 

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236

非公式な時間。

フクロウは目をとじて、お月さまはあくびばかり。真っ暗闇の真夜中に、ひとりゴソゴソとベッドから起きてくる。ちいさな灯りをつけて、世界地図をながめたり、リップクリームをぬったり、出さない手紙を書いてみたり。しんと静まり返った宙ぶらりんの時間。意味なんて求めずに、ジブンを好きに泳がせる。明日はスイミン不足に決定だけど、誰にもほめられない行動だけど、こころの栄養はこうしてとるのだ。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com