僕はニューヨーク行きの飛行機に乗っている。狭いシートに沈み込んで、目を閉じている。眠っているわけでも、瞑想しているわけでもない。遠くから聴こえてくるキャビンアテンダントの「フィッシュ or チキン?」を、脳の奥の方でじっと感じている。離陸して数十分後、「さっさと食べさせて、さっさと寝かしつける作戦」にでたらしい。まるで母親だ。乗客を満腹にさせて、あくびが出始める頃を見計らい、消灯。僕はそんな手にはのらない。空腹にチキン(フィッシュより断然チキン派!)をぶち込んだ後は、赤ワインとチーズで映画でも観ながら空の旅を楽しむつもりだ。空の上までは、上司も部下も追いかけてこない。僕は今回の出張のために、2日も徹夜をしたんだ。銀色のワゴンと「フィッシュ or チキン?」がだんだんと近づいてくる。
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目をあけると機内は真夜中だった。ところどころで光っている読書灯と、ブーーーンという鈍いエンジン音だけが(いま空の上を飛んでいる)という事実を知らせてくれた。僕は自分の空腹に驚いた。胃の中がからっぽ。そういえば「フィッシュor チキン?」を聴いた後の記憶がない。どうやら眠り込んでしまったらしい。しくじった。(お休みになられていたのでお夕食はうんぬん)などというメモも、残されていない。まったく…。
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目をあけると機内は明るかった。またずいぶんと眠ってしまったらしい。多くの乗客が窓を開けており、澄み切った青空が飛行の順調さを示しているようだ。外国人の子どもが、何語かわからない言葉でぐずっている。僕の空腹メーターはもう底をつきそうだった。「ビーフ or チキン?」キャビンアテンダントの声が遠くから聴こえた。朝食だ。今度こそ、四角いプレートにかぶさったアルミホイルを豪快に剥ぎ取り、「ザ・機内食」の味を堪能してやる。前方からカチャカチャという、カトラリーの金属音も聴こえてくる。まるでファンタジックな音楽を奏でる楽器のようだ。「ビーフ or チキン?」がだんだんと近づいてくる。それにしても、迷う。チキンが大好物な僕だけれど、ここはビーフでこってりと空腹を満たしたい気もする。そして熱々のコーヒーを、はじめから2杯分もらおう。キャビンアテンダントは「まぁコーヒーがお好きなんですね」と笑うかもしれない。そして…。
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目をあけると機内は真っ暗だった。「シートベルト使用」の赤いサインが目に飛び込んでくる。飛行機が着陸態勢に入ったというアナウンスが、静かな機内に広がっていく。機体はゴゴゴォーーーーーーと唸りながら、じわじわと高度を下げている。(結局、ずっと、眠って、いた。一度も、食事を、することなく。)睡眠を充分すぎるほどとったクリアな脳は、どこか人ごとのように繰り返していた。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。