193

まぶしそうな目のあのこ。

クラスで3番目くらいに人気のあのこのことを、僕は学年でダントツ1番可愛いとおもっている。いや学年どころか、テレビや映画に出てくる人気者よりも可愛いとおもっている、正直言って。あのこの目はいつもまぶしそう。目の中に、キラキラ光る宝石が入っているに違いない。あんなに綺麗な目をしているおんなのこを、僕は他に知らない。たとえば電車にあのこが乗ってくるとする。するとその瞬間、電車の中が異次元の空間に変わる。つり革につかまっているサラリーマンも、漫画を読んでいる小学生も、ロマンチックな物語に出てくる大切な脇役になる。電車の窓から動き出す景色を、あのこがまぶしそうな目で見る。目から湧きだすヒカリが、ゆっくりと電車の中を満たしていく。とてもしあわせなメロディを奏でるように。(どうしてみんなそのことに気づかないんだろう)勉強もスポーツもぱっとしない僕だけど、あのこの魅力を世界一わかっている自信がある。だから僕は、ドキドキして、あのことほとんど口をきけない。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

192

目を覚ます。

朝、冷たい水で顔を洗う。

キンと締まった冷たい真水で顔を洗う。

眠っていた“ほんとう”が目を覚ます。

日々の細々に隠して、

見て見ぬ振りしていた“ほんとう”が、

姿をあらわして鏡の中の自分に問いかける。

そろそろ、目を覚ましたら?

すりガラスであいまいにしていた思考の癖は、もう通用しない。

今日は新しい人生の、最初の日。

 

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191

フィッシュor チキン?

僕はニューヨーク行きの飛行機に乗っている。狭いシートに沈み込んで、目を閉じている。眠っているわけでも、瞑想しているわけでもない。遠くから聴こえてくるキャビンアテンダントの「フィッシュ or チキン?」を、脳の奥の方でじっと感じている。離陸して数十分後、「さっさと食べさせて、さっさと寝かしつける作戦」にでたらしい。まるで母親だ。乗客を満腹にさせて、あくびが出始める頃を見計らい、消灯。僕はそんな手にはのらない。空腹にチキン(フィッシュより断然チキン派!)をぶち込んだ後は、赤ワインとチーズで映画でも観ながら空の旅を楽しむつもりだ。空の上までは、上司も部下も追いかけてこない。僕は今回の出張のために、2日も徹夜をしたんだ。銀色のワゴンと「フィッシュ or チキン?」がだんだんと近づいてくる。

目をあけると機内は真夜中だった。ところどころで光っている読書灯と、ブーーーンという鈍いエンジン音だけが(いま空の上を飛んでいる)という事実を知らせてくれた。僕は自分の空腹に驚いた。胃の中がからっぽ。そういえば「フィッシュor チキン?」を聴いた後の記憶がない。どうやら眠り込んでしまったらしい。しくじった。(お休みになられていたのでお夕食はうんぬん)などというメモも、残されていない。まったく…。

目をあけると機内は明るかった。またずいぶんと眠ってしまったらしい。多くの乗客が窓を開けており、澄み切った青空が飛行の順調さを示しているようだ。外国人の子どもが、何語かわからない言葉でぐずっている。僕の空腹メーターはもう底をつきそうだった。「ビーフ or チキン?」キャビンアテンダントの声が遠くから聴こえた。朝食だ。今度こそ、四角いプレートにかぶさったアルミホイルを豪快に剥ぎ取り、「ザ・機内食」の味を堪能してやる。前方からカチャカチャという、カトラリーの金属音も聴こえてくる。まるでファンタジックな音楽を奏でる楽器のようだ。「ビーフ or チキン?」がだんだんと近づいてくる。それにしても、迷う。チキンが大好物な僕だけれど、ここはビーフでこってりと空腹を満たしたい気もする。そして熱々のコーヒーを、はじめから2杯分もらおう。キャビンアテンダントは「まぁコーヒーがお好きなんですね」と笑うかもしれない。そして…。

目をあけると機内は真っ暗だった。「シートベルト使用」の赤いサインが目に飛び込んでくる。飛行機が着陸態勢に入ったというアナウンスが、静かな機内に広がっていく。機体はゴゴゴォーーーーーーと唸りながら、じわじわと高度を下げている。(結局、ずっと、眠って、いた。一度も、食事を、することなく。)睡眠を充分すぎるほどとったクリアな脳は、どこか人ごとのように繰り返していた。

 

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190

うつろう、たのしみ。

三角を描こうとしたのに、丸を描いていた。

腕時計を見るつもりが、じぶんの爪をじっと眺めている。

オムライスを頼もうとしたのに、くちがホットケーキと言っている。

今日は家にいようと決心したのに、着替えているじぶんがいる。

手紙を書こうと便箋を探していたのに、引き出しの整理をはじめている。

エスカレーターに乗るつもりが、隣の階段を駆け上がっている。

深呼吸をしようと窓をあけたのに、空の色合いにあっけにとられる。

こころは、感情は、うつろい続けている。

じぶんでもコントロールできないから、おもしろい。

3分後、わたしはどんな、わたしだろう。

 

 

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189

部品をはずしてみた。

どうも最近、動きがかたいので、

こころの中の部品をいっこはずしてみた。

しばらく歩いているうちに、

風がすーっと通るようになり、

ふわふわと浮くような感じになった。

 

これはいい機会だとおもい、

頭の部品もいっこはずしてみた。

考えることの“種類”が増えてきたのが、

気になっていたので。

空を見上げてわかった。

このくらい空きがあると、

逆にものが考えられるなって。

 

部品をはずしたら、

自分があたらしくなったようだ。

 

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188

スプリングレター。

まぶしくて、目を細めてしまった。

真っ白な便箋に書かれた、そのひとの言葉には、もう春があった。

おっとりとした行間に、春の小さな芽が見えた。

便箋は何グラムあるのだろう。ふわふわ浮いているようだ。

青いインクが、青い空に映り込む。

あぁ希望はもう胸の中にあって、あふれだしそう。

ひかりの中で、ぱちぱちとまばたきをした。

いい予感が、いっせいにリリースした。

 

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187

じかん

じかんは意地悪だ。早く過ぎて欲しい時だけ、これでもかというほどゆっくりだ。じかんは残酷だ。ぱんと張った肌をゆるませ線をつくり、目ん玉をぼやけさせる。じかんは頑固だ。人の気持ちがどんなに揺れても、一秒たりとも狂わずすましている。でも。じかんは優しい。つらくてできた傷を、いつの間にか治してくれる。じかんは裏切らない。生まれた瞬間から最後の瞬間まで、ずっと一緒にいてくれる。

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186

この気分、なんと名づけよう。

食パン。

焼かなくても、バターをぬればそのままでもおいしいよ。

 

でんき。

灯りはいらない、暗くなったら眠ればいいさ。

 

ニュース。

特に知りたいことはない。天気のことも、匂いでわかる。

 

水。

いちばんきれいなもの。だから雨が大好きさ。

 

予感。

たっぷり眠ると予感が得意。身体が重いと予感もしない。

 

コーヒー。

紙とえんぴつとコーヒーがあれば、オーケィ。

 

明日。

昨日より、今日より、明日が好み。

(誰にもわからないことって、かっこいい)

 

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185

昼間のバァ&オフィス。

「どうせ昼間は閉めてるから、バァを仕事部屋として使っていいよ」とマスター。僕はありがたくお言葉に甘えることにした。カタカタカタカタ。キーボードの音と低く響くジャズが、暖色系の照明に溶け込んでいく。なかなかいい。企画書がぐんぐん進む。サラリーマンを辞めて、新たに会社を立ち上げる僕は静かに燃えていた。

「一杯だけスコッチ飲ませて」。突然ドアをあけて入ってきたのは、今朝ニュースを読んでいたアナウンサーだった。彼はテレビで見るより大柄で、冗談が面白かった。「今は閉めてるんですけど…特別ですよ」と言い訳をしながら、ウイスキーを差し出す。昼間の1時は、彼にとっての真夜中らしかった。

「一杯だけギムレット飲ませて」。しばらくして、美しい二十歳の女流作家が入ってきた。(美貌で賞を獲った、と揶揄されていることは知っている。本は読んだことがない。)徹夜を重ねて最高傑作が書けたらしい。今すぐひとりで乾杯がしたいという。

それから飛行機に乗り遅れた商社マン、失恋したての大学生が、次々にドアをあけた。みんな決まって「一杯だけ」と口にする。一杯だけで終わるなんて僕は(本人も)信じていない。

そして2ヶ月後、僕は昼間のバァのマスターになっていた。皮肉なことに商売繁盛。カウンター越しで仕事をしながら、カクテルを作るスタイルがお客にうけた。商売に気持ちが入っていない感じが(なんか落ち着く)のだそうだ。マスターも「起業したら、ここを事務所にすればいいよ」とゴキゲンだ。僕は「はぁ、どうも」と、中途半端な返事を繰り返す。昼間という中途半端な時間に、中途半端なお酒を飲む人たち。白黒はっきりさせないぼんやりとした空気が、このバァ&オフィスに漂っている。ちなみにバァの名前は「グレー」だ。

 

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184

クリスマスの練習。

無事にクリスマスを迎えられるために、彼女は今から練習をしています。

 

キラキラのイチゴがのったケーキの味見をしています。

 

グリルしたチキンを、一度にどれだけ食べられるかを試しています。

 

熱々のグラタンで舌をやけどしないように、コツをつかんでいます。

 

白いマシュマロとピンクのマシュマロは、どちらがココアに溶けやすいかを実験しています。

 

シュワシュワのシャンパンを、綺麗に乾杯する練習を何度もしています。

 

クリスマスの本番まで、まいにちがんばります。

 

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com