83

銀色のパーティー。

マリィがラウンジにあらわれると、一瞬で空気の色合いが変わる。美女たちは“マリィなんて興味ない”というポーズを崩さないまま、黒目の端っこで0.1秒視線をおくる。(そっとマリィを確認する高度なテクニックだ)

銀色に染めたショートヘア、アーモンドのカタチをした大きな瞳。痩せた身体に白い包帯を巻きつけて、氷の塊から削り出したような透明のハイヒールを履いていた。それがマリィのドレスコード。

いつも隣にはニューヨークゴシップの真ん中で華を咲かせている、ハンサムなボーイフレンドを2人か3人たずさえていた。美しさと富を競い合う女性たちの嫉妬と興味が、マリィに集中するのは当然のことだろう。マリィはカクテルに浮かんだ真っ赤なドレンチェリーを口に入れると、ソファーから立ち上がる。

マリィはひとつのパーティーに20分以上居られない、という癖が直らなかった。次の会場、そしてまた次の会場へ。タクシーを拾わなくちゃ。楽しい場所はもっと他にあるはず。マリィが去った後には、必ず銀色の粉が床に落ちていた。マリィは人間ではないのかもしれない、という噂がたちまち広がっていく。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

82

サーカス娘のなみだ。

海沿いに建つ白いサーカス小屋。たなびく旗の色は抜け落ちている。楽団の演奏が力強く響き渡る。今日も大入り満員だ。

楽屋では娘が一人、鏡の前で頬杖をついている。長いまつげは漆黒で、下まぶたには細かい銀色の粉が仕込んであった。金色のゆたかな髪の毛はてっぺんでひとつに結い、明るいブルーの羽が耳元から生えていた。

娘は深いため息をつく。「あぁ、なんて綺麗なの」雪より白い肌は内側から光があふれ、水より澄んだ瞳はどこまでも深みがあった。

自分のあまりの美しさに悲しくなってしまった。いつかは朽ちていくのだろうか。このまま鏡の前に座り続け、1秒もよそ見をせずに見張り続けていたら、にじり寄ってくる老いをはねのけることができるのだろうか。

なみだが目の淵に盛り上がると、すぅーっと頰をつたっていく。なみだはマスカラを道連れに肌に跡をつけて、黒い線がいくつも描かれた。鏡の中の娘は奇妙なピエロの顔になっていた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

 

 

 

 

81

一冊のノートブックが僕の部屋。

夜の小雨を歩き続けていたら、こころが地面に埋まりそうになる。

ジブンの部品が、もうすぐバラバラになってしまう。

こころが入った身体はとても重い。

きもちの居場所がなくなった。

そして彼は深夜にノートブックを買った。

ジブンと話すことにしたのだ。

そのままの気持ちを書くのだ。

誰にも読まれない長い文章を。

誰にもノックできないノートブックという部屋で。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

80

2:47PM〜にたぶんふさわしい内容。

ハンバーガーショップのラジオからは、スペイン語が聞こえてくる。(学生時代の第二外国語がスペイン語だったからなんとなくわかる)中年女性のパーソナリティと、若い男性のゲストとの会話が繰り広げられている。昼下がりのまったりムード満載、といった感じだ。

中年女性は大爆笑、若い男性はジョークらしきものを連発していく。“僕はモテない。どうしたらいいでしょう?”といった内容らしかった。トークの合間に曲が流れてきた。悲しみにむせび泣くようなトランペットのイントロ、女性ヴォーカルの艶っぽい歌声。たぶん“あなたが朝も夜も忘れられないの”らしき内容だった。

ハンバーガーショップのカウンターの奥から、皿が数枚(たぶん6枚〜10枚くらい)割れた音がした。その瞬間、家の冷蔵庫には卵があと1個くらいしかないことを思い出した。コーヒーの残りを飲み干したら卵を買って帰ろう。

79

天秤座のうた。

鏡に映った自分の肌がまるで3歳児みたいにピュアだったので/オードトワレひとふりして透明のマスカラ塗ってタクシーでデイトへGo/恋人とマスタード色の街並みに染まったら予定変更/フレンチよりもマスタードたっぷりのハンバーガーを食べに行こう/おなかが満足したら欲しかった涙型のイヤリングが頭に浮かんでブティックへ/店先にあるダルメシアンの置物が急に動いたから「きゃぁ!」/本物だったなんて大笑い/うそみたい!で大笑い/いろんな人から何座なの?聞かれるけれど/星座なんて興味ない/踊れる曲が聴きたいな/ヴィブラフォンが夢のように響くやつ/シュリンプカクテルとチョコレートシェイクって意外にあう/明日の天気なんて興味ない

 

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78

月と言葉とススキの葉。

塾の帰り、一本道は静まり返っていた。墨汁をひっくり返したような夜空に、たまご色のまるい月が浮かんでいる。道の両脇からせり出している大きな木々は怪獣のようだった。友達は拾ったススキの葉をぶんぶん振り回しながら、少し前を歩いている。

「あのさ、俺さ、塾の俺と、学校の俺と、家での俺、全然別人なんだよな」

自分はとっさに信じられないことを口にしてしまった。ひとりで悩んでいた秘密。絶対に“どこかおかしい”と悩み続けていたこと。友達は振り返ると、ススキの葉をバットにみたてて素振りをしてみせた。

「俺もだよ!」

そして彼はとぼとぼと歩き出して、自分もそれに続いた。月に照らされた彼の言葉は、自分の宝物になった。

 

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77

東京タワーも夢をみる。

誰かのやさしい口笛も、

誰かのぼつりん独り言も、

誰かのめそめそ涙粒も、

ぜーんぶぜーんぶ、

聞いているよ、見ているよ。

 

オレンジ色の僕は、

もうすぐ宇宙のヨルに溶け込んでしまうけど、

いつでも僕のドアはあいている。

 

口をあーんぐりあけて、

首がいたくなるくらい、

僕をみつめて。

 

ひとつだけ願いがかなうなら、

今夜はきみよりも年下になりたい。

 

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76

夢を温めなおして。

スープを温めなおすついでに、

こころの奥に眠っていた夢をひっぱりだして、

コトコトと温めなおしてみた。

ふーふーふー。

そうしてひとくち飲んでみた。

(ぼんやりした味だった)

夢に塩コショウをパラパラとふりかけてみた。

(思っていたのと違う味だったけど)

でもこっちの方がいまの自分の好みだな。

いつのまにかズレちゃってたみたい、夢と自分が。

夢をあたためなおしたら、別の夢が出来上がっていた。

いただきます!

 

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75

ポケットの中の手と手。

ツイードのコートを10ヶ月ぶりにタンスの奥から出して着た。冷たい風が、今年の最終回に向かって吹き始めたらしい。彼の手にはコーヒーシェイク。冷たいものを冷たい手で持ち歩くのは、少しつらい。左手をコートのポケットにつっこむ。指に何やらあたるものがある。取り出してみると小さな紙。

牛乳 ハム ヨーグルト パン(食パン以外のおいしそうなもの) アロンアルファ

…とあった。別れた彼女の眠たそうな文字だった。彼はよく買い物を頼まれていた。あの頃の日常のかけらが、予告もなく魔法のようにあらわれたのだ。彼はメモをぎゅっと握りしめると、もう一度ポケットの中に入れた。ポケットの中で彼女と手をつないで歩くように。

 

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74

エスプレッソがGoと言った。

ショーウィンドウに飾られていたあるものに惹かれて、彼女はブティックのドアをあける。それは甘い砂糖と雪の結晶で仕上げたような、ベビーピンクのファーの襟巻き。なんて可愛らしいんだろう。

しかし彼女が手にしたのは、その隣にあるブルーグレーのファーだった。昔からそうなのだ。本当はベビーピンクを選びたいのに、自分の女性性にクールな蓋をかぶせてしまう。鏡の中の自分はいつも通りだった。

その時、エスプレッソの香りが流れてきた。(あぁこのブティックはカフェカンターもしつらえてあるのだ)エスプレッソの香りは迷いのない濃縮されたほろ苦さと、どこか夢見るような軽やかさを表現していた。先週、ボーイフレンドと別れた彼女に、エスプレッソが心地よく身体じゅうにめぐっていく。

(いまの私だったら、しっくりくるかもしれない)

ブルーグレーの襟巻きを首からはずして、ベビーピンクの方をゆっくりと巻いてみる。なめらかな肌をした彼女は、誰よりもベビーピンクが似合っていた。細かい傷をたくさん重ねて得た、深くてビターなエスプレッソのこころを持っていたから。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com