163

弱ったときのオムライス。

こころがざわざわorしゅんとした日には、こんなオムライスはいかが。まんまるフライパンをひょいと火にかけて、玉ねぎをあなたのモヤモヤが透き通るくらいまで炒めるの。あたたかいごはんを投入っ。くやしい気持ちを炎で燃やすの。真っ赤なケッチャップをこれでもかってほど、ぶちまける。だんだんごはん粒が合唱しだすの。おーい!元気かーい!って。お皿に盛ったら、そっと黄色いオムレツのおふとんをかぶせて。そしてあなたの名前をケチャップでつづって。(はずかしがっちゃだめ!)地球に生まれてきてくれたあなたを、盛大に祝福するひと皿の完成です。パチパチパチ。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

162

好きな人ができたら。

好きな人ができたら、

おなかが空かなくなった。

音楽に敏感になった。

歩きながら考えるようになった。

洋服が足りなくなった。

髪の毛がやわらかくなった。

涙がにじむようになった。

ふわふわの小鳥にみとれるようになった。

細いヒールが欲しくなった。

ひとりごとをメモするようになった。

月を探すようになった。

バスタブの時間が長くなった。

街で人違いするようになった。

好きな人のことを考える時間を、

これまで何に使っていたのか思い出せなくなった。

好きな人ができたら、

絶望と希望を知った。

 

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161

水と氷のかんけい。

透明のコップに氷を3個入れる。

次に水を入れる。

氷はパチパチッとまばたきする。

 

透明のコップに水を入れる。

次に氷を3個入れる。

氷は静かに目を閉じてふわっと浮かぶ。

 

5個の氷がひとつにかたまっている。

水を入れるとキッと声をあげて、

氷同士の団結力がさらに高まる。

 

氷をストローでかき混ぜると、

チロチロと切ない声でうたう。

 

氷をシンクに置きっ放しにしておくと、

ツーっと動いて水になって魂を売る。

 

 

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160

淑女の嗜み。

殿方とのデイトではいつでも涼やかな表情でいたいもの。白いハンカチーフを二枚ほどハンドバッグにしのばせておき、お化粧が崩れる前にそっと汗をおさえましょう。パラソルは洋装にも和装にも似合うものを選ぶとよいでしょう。喫茶室では透明なソーダ水があなたの顔色を引き立ててくれます。色鮮やかなフルーツポンチや、艶のあるババロアなどを注文するとその場の空気が一層華やかに。会話の途中であいふぉーんなどを覗き見することは控えましょう。テーブルに乗った料理の写真を撮影することも、殿方は好ましく思いません。また行き届いた会話を望むあまり、堅苦しくなる必要などありません。いつものあなたらしい、自然な心持ちでおしゃべりを愉しめば良いのです。夜休む前に一行だけお礼のめーるを送りましょう。作文のように長々と書いてはスマートではありません。殿方に「またお会いしたい」と想わせる為には、急いであなたの総てを披露するのは逆効果です。恋心の七分目ほどを表現するくらいで丁度良いでしょう。

 

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159

夏の歩き方。

夏は肩のチカラをぜんぶ抜こう。

 

夏は太陽に降参してあちち!と笑おう。

 

夏はスキップして好きな人に会いにいこう。

 

夏は夕焼けの色を見逃すな。

 

夏は手ぶらで旅行に出かけよう。

 

夏は花火の音にザワザワしよう。

 

夏は道路の白い線だけを歩く。(大人になっても!)

 

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158

水着を包む仕事をしている。

今月の水着はセパレートタイプだった。トップは明るいブルーで、胸元にはヨットの刺繍があしらわれている。ボトムは明るいブルーとホワイトの縞模様だ。先月の水着はパイナップル柄のワンピースタイプだった。大きなパイナップルと小さなパイナップルが、交互に描かれていた。私は水着工場で働いている。ラインに乗ってくる水着を受け取り、美しくたたみ、柔らかな紙で包む。それが私の仕事だ。工場は広い敷地に建っており、何十部屋もあるらしい。私は隣の部屋にしか行ったことがない。そこは水着を箱に詰めて発送する部屋で、一日じゅうラジオがかかっていた。私は友達に言ったら驚かれるくらいのお金を銀行に預けている。来月、私はそれらのお金を全部おろして、水着工場を辞め、3年前に出会った男のこを追いかけて南の島へ行く。そして一生ここには戻ってこないつもりだ。男のこが働いているカフェしか知らないけれど、もうそこにはいないかもしれないけれど、私はその男のこと結婚するような気がしている。男のこに会ったらHi!と手をあげて挨拶するだろう。その時の私はデニム生地のビスチェに、ベビーピンクのフレアースカートを着ていようとおもう。手にはバニラシェイクなんかを持っていたい。それからのことは成りゆきで。きっとうまくいく。工場の窓から太陽のヒカリが本格的にさしてきた。あと7分で昼の休憩だ。家から持ってきたベーグルサンドがある。この暑さでクリームチーズが溶け出していないかが心配だ。

 

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157

自分にしつもん。

おーい!って叫んでみた。

ふーんってかえってきた。

 

どうかーい?って叫んでみた。

まぁねってかえってきた。

 

どんな気分ー?って叫んでみた。

おなかすいたってかえってきた。

 

まだまだいくつもりでいるらしい。

わらっちゃうほどしぶといやつだ。

自分でじぶんをあまくみていた。

 

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156

あのこのバスケット。

まるいバスケットには何が入ってる。

太陽の味がするオレンジ。

カリッと弾けるリンゴ。

それとも砂糖たっぷりのドーナツ。

 

まるいバスケットには何が入ってる。

恋人のことをしたためた日記帳。

駆け落ち用のエアチケット。

それとも大きなダイヤモンド。

 

まるいバスケットには何が入ってる。

誰にも言えないかなしい過去。

見かけによらないド派手な野望。

それともそっとちいさな願い。

 

まるいバスケットを抱えたあのこ。

世界じゅうの秘密をひとりじめ。

誰も中身を知ることなんてできない。

たとえ神様だって。

 

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155

地球と息をしている。

灰色の雲から、

小さな水分が落ちてきて、

彼女の腕を濡らした。

 

そっと鼻を近づけてみた。

スモーキーなかおりがした。

 

こたえは出さないまま、そのまま。

中間のままゆらゆらと漂う。

 

どこかの家の、

グラスの中の最後の氷が、

無言で溶けて液体にかわった。

 

一羽の鳥が高く舞い上がると、

もう一羽の鳥と合流する。

二羽の鳥は、灰色の雲に吸い込まれていく。

 

地球の呼吸は、彼女の呼吸とまったく同じリズムだった。

ゆるやかなカーブを、いま一緒に曲がるところだ。

 

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154

僕が僕に人見知り。

親戚のおばさんが家にやってきた。ママはおばさんと楽しそうにおしゃべりしている。僕はだまってオレンジジュースを飲んでいる。「夕飯、食べていってくださいね」と、ママは台所へ消えてしまった。僕とおばさんは二人きりになってしまった。おばさんはテーブルに肘をついて、僕のことをじーっと見ている。「大きくなったわねぇ」と目を細めている。僕は足をぶらぶら揺らしながら、両手で握ったコップの中をのぞいている。オレンジジュースが波みたいに動いている。大きくなったって言われても、僕は普通に生きてるわけで。

親戚のおばさんは僕から目をそらそうとしない。こころの中がぞわんぞわんとしてくる。僕はおせんべいを一枚、手にとってみる。しんとした空気を壊したくて、バリバリバリと勢いよくおせんべいをかじってみる。おばさんは僕の食べっぷりを見て笑う。「ほんと大きくなったわねぇ」。僕は逃げ出したくなって「ママー指が痛いよぉー」と嘘をついてその場から離れた。

外へ遊びに行こうか。でも真っ赤な夕日はちょっとしか残っていなくて、暗い夜がじわじわと占領している。ママは台所で天ぷらを揚げている。おばさんのもとへ帰るはいやだ。おばさんのことは嫌いじゃない。でもおばさんと一緒にいる僕は、見ず知らずのまったく別の人間になってしまうんだ。大きな風が吹いて家じゅうの窓が悲鳴をあげる。僕は玄関の冷たい廊下に立っている。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com