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好きだらけの日々

エレヴェーターミュージックが好きだから、エレヴェーターに乗る/インクの匂いが好きだから、本を読む/シルバーの重みが好きだから、ステーキを食べる/ピンヒールの音が好きだから、ピンヒールを履く/予告編が好きだから、映画館に行く/ロウソクを消すのが好きだから、ロウソクを灯す/カーボン紙が好きだから、文房具店に行く/搭乗アナウンスが好きだから、飛行場に行く/チーズが膨らむ瞬間が好きだから、オーブントースターを覗く/放送終了の告知が好きだから、深夜までテレビを見る/小鳥の声を聴くのが好きだから、目をとじる/景色が変わるのが好きだから、走りだす

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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たびする、めだまやき。

あるひフライパンは、めだまやきをやいていました。フライパンはジリジリとしかめっつら。めだまやきは、はずみをつけて、まどからとびだしてしまいました。まてーーー!!フライパンはおおあわて。やねのうえ、きのうえをさがします。でも、めだまやきはいません。あーーー!!フライパンは、ぜつぼうのこえをだしました。そらをみあげると、きいろいたいよう?いいえ、めだまやきがきもちよさそうに、あおいそらをおよいでいるではありませんか。フライパンは、めだまやきをおいかけます。おーいここにもどってきてくれー!ぴゅーーーーーーーーーーぺちっ。フライパンは、めだまやきをみごとにうけとめました。めだまやきは、ひとつのめでウインクをしていいました。「たまには、そとであそばないとだめよ」。

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レコードが終わるまでに。

レコードが終わるまでに、彼女はキャミソール、ガウン、薄手のセーター、白いタイトスカート、後ろにラインが入ったストッキング、香水の5番、パールのネックレス、ボディクリーム、地図、(偽造の)パスポート、暗号が書かれた手帳、(指紋消しの)手袋を、ペパーミントグリーンのスーツケースに詰め込んだ。そして彼女は目を閉じ、これから行う仕事を頭の中でシミュレーションした。どんな状況に転ぼうが、仕事が成功することだけは確かだった。彼女の一番の武器。それは、誰もが一瞬息を止めてしまうレベルの美貌。(プツリ…プツリ)これはレコードが終わったオト。

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デートという試験。

彼女と学校以外の場所で初めて会うことになった。いわゆるデートというやつだ。クリーム色のカーディガンを羽織った彼女を本屋(待ち合わせ場所にした)で見つけた瞬間、僕は人格が変わってしまった。教室では冴えたギャグを連発してみんなを笑わせていた僕が、突然、つまらない男になってしまった。言葉が出てこない。何をしゃべっていいのかわからない。僕は昨日までいったい何をしゃべっていたのだろう。自分の心臓の音だけがドクンドクンうるさく主張する。

「どこ行こっか?」彼女はいつものナチュラルな彼女だ。「とりあえずアーケード歩こうか。」僕は自分の“言いまわし”に絶望する。歩こうか…って。普段は使わない言葉。もう自分が自分でなくなっている。いつもの商店街がよそよそしく見える。足が地面から3センチくらい浮いている。フワフワする。段取りとしてはもうすぐ見えてくる喫茶店に入るのだが、どう誘っていいのかわからない。

「お腹空かない?あのお店のホットケーキ美味しいんだよ?」彼女が先に切り出してくれた。よかった。でも、僕の気持ちを見透かされているのかもしれない。あぁいつもの僕に戻ってくれ。このままだと彼女に愛想をつかされる。夕方の5時を知らせる商店街の音楽が鳴りだす。その音は試験開始の先生の声のようだった。

 

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179

冬の下ごしらえ。

さむい日にあえての水いろコートを羽織るから、

肌が透けるまで磨いておかなくっちゃ。

 

あったかココアをふーふーするから(定番☆)、

ちいさな爪をレンガいろレッドに染めなくっちゃ。

 

もこもこマフラーを顔までぐるぐる巻くから、

まつげは濡れ気味つやんにカールしなくっちゃ。

 

しゅるしゅると沸騰ちゅうの湯気が、

「冬の下ごしらえはお早めに〜」って言ってます。

 

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178

でこぼこダイアリー。

いいことあった。スキップした。がんばってきたごほうびだ。ほらね、ほらね、いい気分。石につまづいて、あぁっ。ひざこぞうが火のように痛い。うずくまった。涙がにじんだ。真っ黒なアリが歩いてる。自分よりも大きな荷物をかついでる。じっと見つめているのに、アリはそんなことおかまいなし。もう一度立ち上がってみようか。両手を振って進んでいこうか。誰も触っていない、真っ白な明日が用意されてるんだ。

177

淡い日。

こころが淡い日は、ちいさな音も聴こえる。

だから枯れ葉が落ちた音も聴こえる。

こころが淡い日は、ちいさな針の穴にも糸が通る。

だから後ろ姿でその人の傷がわかる。

世界じゅうがシンと静まり返って、

空気が透明になっていく。

そっとそっとしておくんだ、

わたしのことも、

あなたのことも。

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176

雨屋。

夕暮れの風が気持ちいいものだから、私は散歩コースを変更した。いつもの角を曲がらずにまっすぐ→なんとなく右→なんとなく左に曲がる。一軒の店が目に入る。「雨屋」。表札くらいのちいさな看板。店に入ってみると、そこだけ雨の音で満たされていた。ザーーーーーーザーーーーーーザーーーーーーこの前、傘をなくした私は(いい傘ないかなー)と探してみる。「あのう、折りたたみ傘、ありますか」私は店の女性に聞いた。「うち、傘、おいてないんですよ」店の名前といい、雨のBGMといい、少なく見積もっても1万%くらいは傘が売ってあると思ったので、私はかなり驚いた顔をしていたとおもう。「雨の音のレコードや、雨の匂いがするウイスキーなどはあるのですが…」申し訳なさそうに女性はこたえた。「このキャンディは?」私は雨屋に興味を抱きはじめていた。「こちらは夕立キャンディです。雨が降りはじめた時に口に入れると、晴れ間が見える頃に味が変わるのです。雨あじから晴あじに」私は迷わず夕立キャンディを買った。次の夕立はいつだろう。今から待ち遠しくてたまらない。雨屋を出てしばらく歩いていると、ほっぺたを雨粒が(かすった)と感じた。と、次の瞬間、ザーーーーーーーーーザーーーーーーーーーと天から夕立が落ちてきた。私は即座にキャンディーを一粒口に入れる。盛大に雨に濡れながら、散歩の続きを楽しむことにした。

 

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175

ミッドナイトパーラー。

真夜中のパーラーは、ひそひそ声。

ほとんど真っ暗な店内には、

マスカットと桃が照らす灯りだけが、道しるべ。

これから異国へ旅立つ人のお祝いをしている。

フルーツのあまく酸っぱい香りと、コーヒーの苦いあじ。

飛行機は待っている、窓の外に。

真っ白なスーツケースいっこ、ポケットにはチケットいちまい。

さぁ、いってらっしゃい。もどってくるなよ。

プロペラの音がブンブン鳴ってる。

GO新世界へ。

 

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174

風のひと

そのひとの背中は、なぁんにも背負ってないように見えるんだ/いま、いま、いま、だけを生きている/過去も未来もなくてさ/そのひとはいつだって「ひょい」と現れるんだ/手ぶらでね/すこしおどろいたような顔してね/愛想笑いなんて見たことない/自分の重さを発見したら/そのひとのことを思い出す/かるーく、かるーく、かろやかに/ふわふわの肉まん食べようか/裏通りを歩きながら/そのひとのこと思い出しながら/かるーく、かるーく、食べようか

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com