203

タマゴ革命。

最近、もろもろあり、ややあって、今夜にいたった彼だった/これまでの生き方を大幅に変化させなければ/これからの人生の見通しがまったくたたない/つまり自分の中で“革命”を起こす必要があった/これまでだったら絶対にやらないことを/とりあえずやってみることにした/真夜中の2時12分/彼はキッチンにたった/フライパンをあたためて/オイルをとろり/冷蔵庫から白いタマゴをとりだして/パパンと割って/ジュッと焼き付ける/こんな時間に/彼は目玉焼きを作っている/まぎれもなく人生初だった/その調子だ!!!!!!!!!

*「電車は遅れておりますが」 は毎週火曜日に更新しています。

202

ショーウインドウの女。

大学の授業も退屈だったし、お小遣いも欲しかったし、彼女にはこの風変わりなアルバイトを断る理由が見つからなかった。仕事とは百貨店のショーウインドウの中で、1日を過ごすこと。たとえば、朝は黒いキャミソールで新聞を広げ、カフェオレを飲む。昼間は赤いエナメルのジャンプスーツで、ハムサンドをほおばる。(なぜかテニスルックを着せられたこともあった)夜は背中があいた総レースのドレスで、ブルーのカクテルをすする。(カクテルがより美しく光るように、グラスに豆電球を仕込まれた)透明なガラスの外側には、いつも人だかりができた。

彼女は思う。これは自分の天職だと。人目が気にならない。いや、むしろ人から見られている方が、リラックスできるのだ。水の飲み方が可愛い、身体がものすごく柔らかい(ヨガのポーズもした)、眠っている顔が天使。噂が噂を呼んで、世界中の人々はショーウインドウで暮らす彼女を見に来た。

ある朝、事件は起こった。彼女がベッドから起き上がってこない。やっと白い毛布が動いたとおもったら、中から出てきたのはミルクティー色の猫だった。ベッドの中はからっぽ。彼女は人間ではなく猫だったのか。「カット!うーん、黒猫の方がいいなぁ。黒猫、借りてきて!」人だかり要員のエキストラ達は、こころの中で41回目のため息をついた。映画監督のこだわりは、どこまでも続くのであった。Fin

 

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201

ねむりのなかのねむり。

黄金いろのライオンが、まぁるくなって眠っています。真っ白な子どもライオンはよろよろと親ライオンのそばにきて、顔と腹があわさった“くぼみ”の中にうずくまりました。(うーんあたたかいなぁ)

ライオン親子の前を通りがかったミルクティーいろのねこは、子どもライオンの太ももの“くぼみ”にゆっくりと忍び込みました。(うーんあんしんだなぁ)

空を飛んでいたスズメは、ぐーぐー眠っているライオン親子とミルクティーねこのかたまりに気づいて「ちょっと休憩したいなぁ」とおもいました。スズメはねこの首もとの“くぼみ”に乗りました。(うーんゴロゴロいってるなぁ)

すると黄金いろのライオンは、おおきなあくび。そしてぐわぁーーーっとせのび。子どもライオンもミルクティーねこもスズメも、ぽーーーんとはじき出されました。みんな眠ったまま、空の上をゆらゆらと浮いていました。おしまい

 

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200

フリートーク。

その感覚は、突然やってくる。

じぶんは自由なんだ。

そもそも自由だったんだ。

いつだって選ぶことができるんだ。

選ぶことを選ばずに、

選ばされている気になっていた。

両手を広げてみる。

何を着ても、何を食べても、

どこへ行ってもいいんだ。

どんな気分になってもいいんだ。

3羽の鳥がジャレながら追いかけっこをしている。

なんでもない曇り空の日。

あなたの自由に乾杯。

 

*200話まできました。

いつも読んでくださってありがとうございます。

最近、レコードが聴きたくてたまらない。

音を手づかみしたい感じ。

あ、まずはプレーヤーとスピーカーを買わなくちゃ。

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シラスアキコ

199

気の抜けた、空気の中で。

シュワシュワのソーダ水を、

透明なグラスにゆっくりと注ぐ。

ワーッと泡が山盛りになったあと、フーッと沈んでいく。

ひとくち口に含んで窓をあける。

ツィーツィーピィーと鳥の声。

姿は見えないけど、きっとカラフルな美しい鳥。

ブルーのストライプシャツは青空とおそろい。

デートをすっぽかしてしまった。

(いちおうれんらくはいれたけど)

ぼんやりとひとりでこの部屋にいたかった。

ひとりで彼のことを思いめぐらすのが、ちょうどよかった。

ソーダ水のシュワシュワは弱まって、甘くなっていた。

うん、このくらい、がちょうどいい。

気の抜けた空気に、じぶんを野放しにする。

こういう時のほうが生きてるなぁと感じる。

 

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198

ひらめきはどこからくる。

くすんだピンクの空にカミナリがとどろく。

冷蔵庫の一番奥で氷が完成する。

パン屋の棚から最後のバゲットがなくなる。

プールの水が抜かれる。

飛行機が滑走路から3センチ浮く。

少女がヨーグルトのふたをなめる。

ニュースキャスターが原稿を読み間違える。

電話が一回半鳴る。

クリップが箱ごと床にまき散る。

じっとしていても世界は動いている。

そしていま、頭の中にインスピレーションが浮かぶ。

人生の転機となるほどのひらめきだ。

それは世界の動きと直接関係ないとは言いきれない。

 

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197

パフェ・ダイビング

アイスクリーム沼にずるずると沈んでいくと、ゼリーの大群に出会った。

夢のように泳ぐ色とりどりのゼリーをかきわけていくと、

トロリとしたメロンの岩にぶつかる。あまい。ひとやすみ。

ラム酒をきかせた大人のチョコがちょっかい出してくるので、

やんちゃなイチゴまで一気に到達することにした。

底に手をついた印に、ラスベリーをいっこ持ち帰ろう。

ふーっ。地上では熱いエスプレッソが待っていてくれた。

ひとくち飲んだら、もう一回潜るつもりだ。

 

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196

こころのクレンジング。

きれいを磨くために、

お水をぱしゃぱしゃあたえても、

こくのあるクリームを塗りこんでも、

ゴッドハンドでマッサージしても、

ビタミンたっぷりのいちごを食べても、

脂ののったお魚をたいらげても、

公園をがんばって走っても、

ヘアスタイルを変えても、

新作のバッグを手に入れても、

夜にぐっすりねむって、ねむって、ねむって、

こころのメイクを、

ゼロになるまでクレンジングしないと、

生命体のキラキラは、

湧き上がってこないのだ。

 

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195

イメージ→チェンジ

前髪は切らないでくださいと言ったのに、美容師さんはザクっと切った。わたしは、あ、という顔をしたけれど、もう取り返しがつかないので、そのままマンガを読むふりをした。くやしくてポロポロと涙がでてきた。美容師さんは、マンガ、悲しいお話なの?と聞いた。わたしは、はい、と答えておいた。美容師さんは髪を切り終え、ケープをはずした。鏡の中のわたしは、短くなった前髪のせいで、眉がくっきりと出ていた。そして目がどんぐりみたいに大きく見えた。泣いたあとの黒目は、ビー玉みたいにキラキラと光っていた。もしかして、わるくないかもしれない。

 

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194

わずかな月。

細くて薄い金色の三日月が、夜空にぽつん。

宇宙にできた、引っ掻き傷。

まばたきするのは、泣いてる証拠。

傷口は無口で。

なにかしゃべって。

愚痴でもいいから。

わずかな月。

もうすぐ消えてしまいそう。

でもこのライン、

ふわっと笑った口角のはじまりにも、見えてきた。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

 

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com