
はじまりのおわり。
コーヒーも飲み頃の温度だし。ピンと張った新品のノートも用意したし。空はスカッと晴れて、風はキュッと冷たくて。靴はピカピカで、まつげの調子もいい感じ。ベルは鳴った。はじまりはもうおわり。背筋を伸ばして、たったったっ。いま、あたまとからだとこころが、同じ方向をむいている。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
コーヒーも飲み頃の温度だし。ピンと張った新品のノートも用意したし。空はスカッと晴れて、風はキュッと冷たくて。靴はピカピカで、まつげの調子もいい感じ。ベルは鳴った。はじまりはもうおわり。背筋を伸ばして、たったったっ。いま、あたまとからだとこころが、同じ方向をむいている。
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「これだけしかできなかった」を、まぁいいや、ってあきらめよう。
「これだけはできた」が、きらきらとかがきだすから。
「こんなはずじゃなかった」を、まぁいいや、ってあきらめよう。
「こんなふうになっちゃって」と、おもしろがれるから。
まぁいいや、ってあきらめると、あたらしいけしきがみえてくる。
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ともだちと僕は好みが似ている。好きな音楽も好きな映画も好きなゲームも、ほぼ一致する。しんでも口に出さないけれど、僕はともだちの彼女のことが好き。そして困ったことに、ともだちの彼女と僕は話があう。学校の帰り道、偶然彼女と一緒になった。好きなアーティストの話で盛り上がり「じゃレコード貸してあげるよ」と、僕。「うれしい!」の後に、彼女はぽつり。「彼にはナイショね」と。僕はひとりになって頭の中が「??????????」になった。あぁ、彼女のことを一番知っているはずの、ともだちに相談したい。だめだ。ともだちは彼女の彼氏なんだから。
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くたびれたうさぎは、訪ねて来てくれたねこを30%の笑顔でしか迎えることができませんでした。ねこは言いました。「ジブンもくたびれてるから、気にしないで。」ふたりはだまってお菓子を食べました。ねこが思い出し笑いをしました。うさぎもそれにつられました。クスクスクス、クス。部屋の空気がまぁるく満ちていました。
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フクロウは目をとじて、お月さまはあくびばかり。真っ暗闇の真夜中に、ひとりゴソゴソとベッドから起きてくる。ちいさな灯りをつけて、世界地図をながめたり、リップクリームをぬったり、出さない手紙を書いてみたり。しんと静まり返った宙ぶらりんの時間。意味なんて求めずに、ジブンを好きに泳がせる。明日はスイミン不足に決定だけど、誰にもほめられない行動だけど、こころの栄養はこうしてとるのだ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
厚手のコートをだして/ブランケットを追加して/お風呂を熱く設定して/アイメイクを暖色に変えて/ハンドクリームをぬって/あつあつのグラタンで舌をやけどして/塀の上のまるまる猫を確認して/あまいミカンを注文して/真っ暗な夕方に驚いて/ショーウインドーのケーキをちらちら見て/そろそろあのひとに会いたくなって
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ずっと透明な上澄み液の中を泳いでいた。波風立たせないように、そっとそっと。ずっと下の方には黒い泥や、でこぼこの石やらが沈んでることも知りつつ。たまに気持ちが揺れると、濁った水があらわれて、あたふた。でも見て見ぬふりは、もう限界。ぐるぐるに掻き回してしまえ。ホントのホントを見てやるんだ。泥も石も混じったカフェオレ色の海、これがじぶんの海。面白くなってきた。海の底まで潜っていくと、上澄み液よりもさらに澄みきった世界が見えてきた。ホントのホントも、悪くない。
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どう、おいしいでしょ?って、いばりんぼな味はいらなくて。ちいさなおばあちゃまのちいさな食堂のスープが、のみたいの。ニンジンもキャベツもジャガイモも、そーっとそーっと刻んでさ、じーっくりじーっくり火にかけて、なんじゅうねんも使い込んだうつくしい両手で、「めしあがれ」ってくださるんだ。ふーふーふー。身体じゅうにゆーっくりゆーっくり沁み渡る。栄養満点。あしたも元気にがんばれます。
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彼女は今日の予定を取り止めにした。靴マニアにとって、雨降りの外出は致命傷だった。頬ずりしたいほど溺愛している靴を、裸でびしょ濡れにできるわけがない。彼女は玄関に座り込み、靴磨きをはじめた。空白の時間を愛する靴に捧げる。我ながら粋なアイデアだとおもった。激しい雨音のBGMも心地いい。このショートブーツは10年以上履いている。買った時より、深い艶が湧きでるようになった。このエナメルのピンヒールは、ほぼ歩かない時にしか足を通さない。おかげで傷ひとつなく、ぷるんとなめらかな肌触りを保っている。手入れが終わった靴をズラリと並べて、彼女は満足げにため息をついた。ふと、ブラウンのローファーに、一筋のヒカリが差し込むのに気がつく。振り返ると窓の外は、明るい世界に変わっていた。雨は上がっていたのだ。スズメははしゃぎ、木々は雨の雫でキラキラと輝いている。彼女は大きく深呼吸した。「やっぱり出かけよう」今日は、別れた彼の初個展の日。雨を言い訳にキャンセルしようとした気持ちに、もう一度(えいっ!)とキャンセルをした。
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目をとじてー。
深い森の空気を胸いっぱいに吸い込んでー。
遠い海にゆっくりとはきだしてー。
大きなもやもや、小さなもやもや、
おにぎりみたいにギュッとにぎってー。
空に向かってポーーーンと投げてー。
頭のてっぺんから指先まで、
心臓のオトがゆっくりとめぐっていくー。
すべてがある。もはやあなたには、すべてがある。
なにひとつ、足りないものはない。
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ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。
自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。
でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。
そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。
広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。
color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com
◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。
イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com