
夏の歩き方。
夏は肩のチカラをぜんぶ抜こう。
夏は太陽に降参してあちち!と笑おう。
夏はスキップして好きな人に会いにいこう。
夏は夕焼けの色を見逃すな。
夏は手ぶらで旅行に出かけよう。
夏は花火の音にザワザワしよう。
夏は道路の白い線だけを歩く。(大人になっても!)
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
夏は肩のチカラをぜんぶ抜こう。
夏は太陽に降参してあちち!と笑おう。
夏はスキップして好きな人に会いにいこう。
夏は夕焼けの色を見逃すな。
夏は手ぶらで旅行に出かけよう。
夏は花火の音にザワザワしよう。
夏は道路の白い線だけを歩く。(大人になっても!)
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
今月の水着はセパレートタイプだった。トップは明るいブルーで、胸元にはヨットの刺繍があしらわれている。ボトムは明るいブルーとホワイトの縞模様だ。先月の水着はパイナップル柄のワンピースタイプだった。大きなパイナップルと小さなパイナップルが、交互に描かれていた。私は水着工場で働いている。ラインに乗ってくる水着を受け取り、美しくたたみ、柔らかな紙で包む。それが私の仕事だ。工場は広い敷地に建っており、何十部屋もあるらしい。私は隣の部屋にしか行ったことがない。そこは水着を箱に詰めて発送する部屋で、一日じゅうラジオがかかっていた。私は友達に言ったら驚かれるくらいのお金を銀行に預けている。来月、私はそれらのお金を全部おろして、水着工場を辞め、3年前に出会った男のこを追いかけて南の島へ行く。そして一生ここには戻ってこないつもりだ。男のこが働いているカフェしか知らないけれど、もうそこにはいないかもしれないけれど、私はその男のこと結婚するような気がしている。男のこに会ったらHi!と手をあげて挨拶するだろう。その時の私はデニム生地のビスチェに、ベビーピンクのフレアースカートを着ていようとおもう。手にはバニラシェイクなんかを持っていたい。それからのことは成りゆきで。きっとうまくいく。工場の窓から太陽のヒカリが本格的にさしてきた。あと7分で昼の休憩だ。家から持ってきたベーグルサンドがある。この暑さでクリームチーズが溶け出していないかが心配だ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
おーい!って叫んでみた。
ふーんってかえってきた。
どうかーい?って叫んでみた。
まぁねってかえってきた。
どんな気分ー?って叫んでみた。
おなかすいたってかえってきた。
まだまだいくつもりでいるらしい。
わらっちゃうほどしぶといやつだ。
自分でじぶんをあまくみていた。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
まるいバスケットには何が入ってる。
太陽の味がするオレンジ。
カリッと弾けるリンゴ。
それとも砂糖たっぷりのドーナツ。
まるいバスケットには何が入ってる。
恋人のことをしたためた日記帳。
駆け落ち用のエアチケット。
それとも大きなダイヤモンド。
まるいバスケットには何が入ってる。
誰にも言えないかなしい過去。
見かけによらないド派手な野望。
それともそっとちいさな願い。
まるいバスケットを抱えたあのこ。
世界じゅうの秘密をひとりじめ。
誰も中身を知ることなんてできない。
たとえ神様だって。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
灰色の雲から、
小さな水分が落ちてきて、
彼女の腕を濡らした。
そっと鼻を近づけてみた。
スモーキーなかおりがした。
こたえは出さないまま、そのまま。
中間のままゆらゆらと漂う。
どこかの家の、
グラスの中の最後の氷が、
無言で溶けて液体にかわった。
一羽の鳥が高く舞い上がると、
もう一羽の鳥と合流する。
二羽の鳥は、灰色の雲に吸い込まれていく。
地球の呼吸は、彼女の呼吸とまったく同じリズムだった。
ゆるやかなカーブを、いま一緒に曲がるところだ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
親戚のおばさんが家にやってきた。ママはおばさんと楽しそうにおしゃべりしている。僕はだまってオレンジジュースを飲んでいる。「夕飯、食べていってくださいね」と、ママは台所へ消えてしまった。僕とおばさんは二人きりになってしまった。おばさんはテーブルに肘をついて、僕のことをじーっと見ている。「大きくなったわねぇ」と目を細めている。僕は足をぶらぶら揺らしながら、両手で握ったコップの中をのぞいている。オレンジジュースが波みたいに動いている。大きくなったって言われても、僕は普通に生きてるわけで。
親戚のおばさんは僕から目をそらそうとしない。こころの中がぞわんぞわんとしてくる。僕はおせんべいを一枚、手にとってみる。しんとした空気を壊したくて、バリバリバリと勢いよくおせんべいをかじってみる。おばさんは僕の食べっぷりを見て笑う。「ほんと大きくなったわねぇ」。僕は逃げ出したくなって「ママー指が痛いよぉー」と嘘をついてその場から離れた。
外へ遊びに行こうか。でも真っ赤な夕日はちょっとしか残っていなくて、暗い夜がじわじわと占領している。ママは台所で天ぷらを揚げている。おばさんのもとへ帰るはいやだ。おばさんのことは嫌いじゃない。でもおばさんと一緒にいる僕は、見ず知らずのまったく別の人間になってしまうんだ。大きな風が吹いて家じゅうの窓が悲鳴をあげる。僕は玄関の冷たい廊下に立っている。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
パチと目覚めても、
ドロッと目覚めても、
ボワーと目覚めても、
朝、目が覚めたということは、
おめでたい。
それだけで、おめでたい。
可能性のかたまり、おはよう。
何を見て何を感じるかは、
じぶんにかかっている。
ご自由にどうぞ!と太陽がいっている。
ベッドから足をおろす。
最初の一歩からはじめられる。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
本質的なところからずいぶん遠い街へきてしまったような、そんな空気をカットアウトするには。話を必死に戻そうと努力してはいけない。サラサラと書類をめくる音を披露しても、椅子をゆらゆらと不安定に揺らしても、何の解決もしない。グレーのワンピースに黒いエナメルのパンプスを履いた秘書が、銀色のワゴンをひきながら登場したのは、絶妙なタイミングだった。赤と緑のプチトマトにクリームチーズ。オイルサーディンにアボカド。ブラックオリーブに生ハム。ピンチョスの花畑が、会議をつかさどる。さっきからダンマリだったツイードのジャケットの彼が、ピンチョスの3層構造からヒントを得て、ディスカッションはたったの20分でしあわせな終わりかたをしたのであった。からっぽの会議室。皿の上には数枚のレモンスライスとパセリだけが残っている。高層ビルの間を、個人が操縦するヘリコプターがスイスイとくぐり抜ける。ドアの隙間から忍び込んだ銀色の猫は、テーブルに飛び乗る。皿の上の残り物に興味を示すものの、好みじゃないことがわかりそっぽを向く。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
「タンポポ、欲しいなぁ。部屋にあればいいのに。」彼女がほとんどミルク色をしたミルクティーをひとくち飲んでささやいたものだから、彼はまだ薄ら寒い春の午後、裸足のままスニーカーをつっかけながら部屋から飛び出してしまった。彼にはタンポポが咲いている場所に記憶があった。それは駅へ向かう途中、裏道に入ったところだ。(あった!)タンポポは気持ちよさそうに目をとじて、太陽のやわらかなヒカリを浴びていた。彼は黄色いタンポポの花を1本と、白い綿毛のタンポポを2本を、そっと地面から抜き取った。こころの中で(ごめんよー)と謝りながら。きっと彼女が欲しがっているタンポポは、白い綿毛の方だということはわかっていた。なぜなら繊細で掴みどころのないところが、彼女にそっくりだから。そこが彼を一番悩ませる性格であり、もっとも惹かれる部分でもあったのだ。彼はタンポポを抱えて走り出す。彼女の驚いた&嬉しそうな顔がもうすぐ見られる。ふたりの白いアパートメントが見えてきたその時、冷たい春風がひゅーっと吹いた。まぁるい綿毛はひとつひとつの小さなパラシュートに分かれて、申し合わせたように上へ上へと舞いあがっていく。彼は思わず手を伸ばしてつかもうとするが、ひとつ残らずすり抜けていく。青く澄みきった空に、昼間の星のようにまたたいている。彼はただただその光景の中に佇んでいる。
*「電車は遅れておりますが」 は毎週火曜日に更新しています。
水色のアイスキャンディーをなめながら、んんんー♩と嘘の歌をうたっていると、黄色い小鳥が肩にのってきた。グッモーニン。朝のあいさつ。コーヒーのいい香りを追いかけてぐんぐん奥にすすむと、キッチンに到着。ふわふわなシッポのリスが、朝食の準備をしていた。「バゲットをカリッと焼いてクリームチーズを塗ってあげましょう?」リスは疑問形に近いニュアンスで彼女に告げた。「やったぁ!今朝はそんな気分だったの。」紙のように薄いパンケーキにたっぷりのバターを塗るメニューが気に入って、毎朝リスにお願いしていたのだけれど、何日も続くとさすがに彼女も飽きてきたところだった。
カタカタ、カタカタカタカタ、チーン。軽やかなBGMは、タイプライタァの音。「そろそろできそう?地球に送る資料。」彼女は少し熱すぎるコーヒーを用心深く啜りながら、アライグマに聞いた。「夕方の宇宙郵便には間に合いそうです。」事務的なことはすべて几帳面なアライグマにおまかせ。彼女よりアライグマの方が、何倍もクオリティが高くそしてスピーディに仕上がるのだ。
彼女は楕円の窓から外を眺める。空は薄いピンクにブルーがにじんでおり、金色の細かい星がいくつも横切っていく。(朝食をとったら本の続きを書こう。あ、その前にネコとストレッチだ。)彼女は宇宙船をオフィスにしてから、仕事の効率が上がった。地球にいた頃よりも気持ちが軽くなった、自由になった。おかげで本の売れ行きは素晴らしかった。来月、地球と木星限定で発売される本のタイトルは「あっ不思議。宇宙だとすべてが思い通り!」。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。
ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。
自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。
でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。
そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。
広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。
color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com
◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。
イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com