バレリーナキッチン。
白鳥のような美しいネックラインをもつ双子の姉妹は、今夜も大忙し。ひき肉をピーマンの部屋にぎゅっとつめ込んだり、オーブンの中でうなっているグラタンをなだめたり、泣きながら玉ねぎを裸にしたり、ムール貝に白ワインを振りかけて嫉妬の炎を焚きつけたり。あぁ。気取り屋のカスタード氏は「コンソメスープにアルゼンチン産の卵を落としてくれたまえ」とオーダーしてくるし。ふぅ。美容室帰りのマドレーヌは「顔映りのいい深いオレンジ色のカクテルを頂戴」とお澄まし。でもお客の我が儘は、姉妹にとって愛すべきもの。突然、小刻みのドラムの音。景気のいいトランペットは天井を突き破り、低いウッドベースは地下室のさらに下まで響きわたる。双子の姉妹は着けていたエプロンを剥ぎとり、ジャズバンドの前までつま先で歩く。拍手がわき起こる。姉妹のショータイムのはじまり。ここからは我が儘なお客も自分でソーセージを焼いたり、チーズをカットしたり、ビールを冷蔵庫から出してきたり、すべてセルフサービス。(しかも喜んで!)ここは、港町に建つ白いペンキのはげたバレリーナキッチン。姉妹のダンスの盛り上がりは、海に浮かぶ漁船にまで夜風に乗って伝わっている。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。