399

すてき貯金。

チャリン!明日ドーナツを食べる約束をジブンとしよう。チャリン!今年の夏はグリーンのギンガムチェックの水着にしよう。チャリン!そろそろ妹と仲直り、ごめんの練習しよう。チャリン!妹にクリーム味のキノコパスタを作ってあげよう。チャリン!映画でみた白いチューリップを探しにいこう。チャリン!髪がもっと伸びたら、ママのカーラー借りてクルクル巻きにしてみよう。チャリン!夜眠る前にクラスのMくんと話せますようにとお祈りしよう。チャリン!チャリン!(すてき銀行より:すてきは貯まる一方です。すてきをどんどん使っていきましょう。)

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

398

カプチーノブルース。

泡みたいな恋だった。一晩もたてば消えて無くなる。あとかたも無くなる。こころに引っ掻き傷さえ残せない。頼りない時間。ホントウなんてどこにある。嘘が嘘をまとえば、嘘の匂いも蒸発する。用心深く塗ったネイルのヨレが、時おり涙を誘うけど。遠い昨日の顔をした、冷えたカプチーノ。ふたりの気配はどこにもない。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

397

泣けない理由。

ベッドに入ったら泣こうとおもったけど、泣く前に眠ってしまった。あさ目が覚めたとたん泣こうとおもったけど、遅刻しそうだったので飛び起きた。昼ごはんを買いに行くとき泣こうとおもったけど、カレーのいい匂いにつられて行列に並んだ。夕焼けを浴びながら今度こそ泣こうとおもったけど、あまりにもベタ過ぎるのでやめた。なかなか泣けない私に、笑いがこみあげてきた。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

396

春のフライング。

ヒカリの粒がまとわりついて離れない。走っても、飛んでも、キラキラとじゃれあってくる。よーく見るとヒカリの粒はパラシュートを背負ってる。どうやら天からゆっくりと降りてきたそうだ。(春の練習をしにきたらしい)ちょっとフライングだけど、このままヒカリと一緒に広い場所へ遊びにいこう。

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395

ねこの哲学。

ねこが歩いてると、いぬが「どこ行くんだい?」と声をかけた。ねこは「ただ歩いてるだけだよ」と答えた。「それは散歩というんだよ」といぬ。「いや、散歩じゃない。ただ歩く、ということに集中してるんだ」とねこ。そして付け加えた。「歩く、ということをキミは噛み締めたことがあるかい?」「・・・」いぬは帰ってから哲学書をひらかねばと思った。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

394

冬の鉄棒。

ぼくは思いっきり地球を蹴る。天と地がひっくり返る風景が見たくて、ひとりで逆上がりに挑戦している。足はてっぺんまで上がるのに、どうしてもグルリンとまわることができない。もういっかい。もういっかい。北風が吹くたびに、大きな木々がいっせいに揺れる。くやしい。くやしい。誰もいない公園は、涙を笑う者もいない。かじかんだ手のひらは、ツーンと鉄の匂いがした。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

393

雲のアトリエ。

うさぎにしようかしら。オットセイもかわいいよね。にぎやかな声が響くここは、雲をこしらえるアトリエです。雲のエプロンをした雲職人たちは、せっせと雲の生き物を創作ちゅう。さぁ飛ばしましょう!ふわんふわんふわ〜ん♩ところで今日の大空劇場は見てくれましたか。怪獣とネコの対決でしたよね。(ネコが勝ちました)彼女たちの作品ですよ。

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392

だいじょうぶ。

きれいな水をごくごく飲んだ。からだの中がよろこんでる。大きな夜空を吸い込んだ。一番星が胸の真ん中でまばたきしてる。赤い金魚をじっと見てた。目をとじてもひらひらと泳いでた。口笛を吹いた。知らないメロディを発明した。右足を出した。ついでに左足も出した。ぐんぐん進んで散歩になった。悲しいからあくびをするふりをした。本物のあくびになった。なんだかとってもだいじょうぶ。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

391

フェイドOUT!

会社を辞める決意が固まる瞬間は/いつも同僚とのランチの最中だった/これまでの2社も昼ごはんを食べながら決心したし/今回もそうなった/辞めたい、辞めたい、辞めたい、という成分でできた水が/コップの中にじわじわと溜まっていって/コップからあふれる瞬間がきまってランチの時間なのだった/別に同僚が悪いわけじゃない/このまま無限に続いていく牧歌的ムードがじわじわと/スライムのような柔らかさで首を絞めていくような/カニクリームコロッケの隣に添えられた/水分が抜けたトマトの一切れを箸でつまみながら/じぶんはどこへ逃げればいいのかわからないけど/とにかくここを抜け出すことからはじめよう/財布を持った右手がじわりと汗ばんでいる/じぶんの気持ちは自分で守る/上司のデスクに向かって歩く

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390

フルムーンレディオ。

ベッドの中で黄色いクッキーをかじった瞬間、電話が鳴った。女友達の“もしもし”の声で内容は理解した。泣いた後の鼻声は、どこかあっけらかんと聞こえた。「まさか満月が理由で別れたわけじゃないよね?」私は2枚目のクッキーに手を伸ばしながら言った。「さぁどうかな」と彼女。大きな月に照らされながら、ひとりで歩く彼女を想像した。風の音も伝わってくる。冷たい空気に乗ったラジオのように。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com