118

待ち合わせには小説を。

喫茶店のドアが開くたびに、こころが飛び上がる。今日は彼女と初めての待ち合わせ。彼は単行本を片手に、ずっと同じページを開いたままだ。ふだん小説など読まない彼だけど、“本を読んで待っている俺”でいたかった。“本に熱中して彼女が入ってきたことに気づかない俺”でいたかったのだ。

チリリン。ドアベルが鳴る。時間ぴったり。今度こそきっと彼女だ。振り返るのを我慢して本のページに目を落とす。「ごめんなさい!待った?」顔を上げると、髪をアップにした彼女。(ううん、本、読んでたから大丈夫)という言葉が出てこない。キラキラと輝く彼女の笑顔に、すべての台本が飛んでしまった。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

117

真夜中のチョコレート工場

ぷくぷく ぷくぷく ちいさな爆発音たてながら 浮かび上がってくる 真夜中のチョコレート工場 夜空はふたつにわかれ 大きな煙突がそびえたつ みんなが寝静まっているうちに 地球一日ぶんのチョコレートをつくるのだ 月のあかりで とろとろと溶かして ねこ うさぎ 小鳥のカタチのチョコレートが つぎつぎにできていく 太陽が目を覚ますまえに しずかにしずかに チョコレートをつくるのだ 最後は工場じたいが溶けていって 大きな板チョコをつくるのだ ちょっとビターな真夜中あじの チョコレートは大人気

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116

7293番地の角を曲がったら。

まっすぐに歩いていくつもりが、次の角を曲がってみたくなる。このまままっすぐ行けば、安心な場所に到着するはずなのに、どうしてもあの角を曲がってみたくなる。こころが身体に勝って、7293番地の角を曲がってしまった。

まるで見たことのないセカイ。胸の真ん中あたりがドクドク波打つ。自分の居場所なんてどこにも見当たらない。すべての感覚が立ち上がってくる。ヒリヒリと痛みを感じつつも、この体験が自分に必要であることだけはわかった。

 

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デリを買ってかえろう。

今夜は何食べる。何作る。それともどこかで食べて帰る。ううん、なんだか今日はイエ気分。賛成。生ハムなんて買ってみる。たしか冷蔵庫に白ワインあったはず。うわぁ急にお腹すいてきた。サーモンとブロッコリーのマリネもいいね。コロンとしたクリームコロッケもおいしそう。ローストビーフをちょこっと買おうか。黄色いカラシをつけて食べようよ。ついでにお花も買って帰ろうか。いいね。可愛いピンクのお花がいいな。(彼女は本日3人の男性から夕食を誘われたがすべて丁重に断った。なぜなら彼女はひとりで夕食を楽しむ才能があったから。)

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114

サンドレスの準備。

太陽がじっくりと焼いた砂浜を、裸足で確かめてみる。アチッ!と右足の裏側が悲鳴をあげたから、今度は左足の裏側をくっつけてみると、やっぱりアチッ!となるわけで。すると、右足、左足、と交互にアチッ!アチッ!となるうちに、彼女は海に向かってほとんど走り出していた。意味もなく大笑い。(頭の部品が飛んじゃった)波打ち際に足を浸すと思いのほか冷たくて、ふぅー。めりめりと砂の中に埋もれながら、海と同じ呼吸になれた。準備してきたパイナップル柄のサンドレスは、ディナーの時に着るつもり。「あ、あたしいま、悩みゴトがいっこもない」彼女は自分のおめでたさに感謝した。

 

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113

よりみちソーダ。

家へ帰りたくない病の娘はソーダ水を飲みにきた。そして娘はソーダの泡の中に入り込むことに成功した。パチパチとはじく透明の泡を何個もくぐり抜けて、ぷかんとソーダの海に浮いてみる。上を見ると旅客機が飛んでいて、窓に張り付いている坊やと目があう。お互いにピースサイン。なぜなら坊やもソーダ水を手にしていたから。あぁなんて素敵なよりみち。このままもっと遠くまで泳いでみようかと、考える。

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112

ロックなルックス。

カウンターの中にいるマーシャルのロゴ入りティーシャツの彼女は、自分が一番魅力的に見えるサイズを熟知しているらしかった。まるで身体のラインが浮き彫りになっている。ライブハウスはいつだって大音量なので、お客は大声で叫ばないとアルコールを注文できない。マーシャルの彼女は目をあわせて頷くと、手際よく注文通りのものを作っていく。

照明がレッドに変わった。鈍いベース音が肚の底に直接伝わってくる。マーシャルの彼女はカウンターを軽やかに飛び越して、ぎゅうぎゅう詰め客の波をかき分け、ステージのうえに駆け上がった。白い照明は彼女だけに明るく降り注いだ。ゆっくりと銀色のギターを抱えると、Eマイナー7をかき鳴らす。(私が私でいられる場所はここ)オーディエンスの森は大きく揺れる。彼女は自分という材料を使って、人を惹きつける技を熟知していた。

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111

現代の原始人。

地球のまるみを歩いていると、

夏の気配を感じた。

まだ誰も触っていない新品の季節。

どう描いてやろう。

どう遊んでやろう。

恥ずかしいくらい夢がある。

信じられないくらい欲がある。

みなぎるちからが、

身体をうわまわりそうだ。

家へ帰ったらビスケットを食べよう。

今夜の月のかたちに囓るんだ。

 

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110

からだの日、こころの日。

風が吹く夕方、からだは腕組みをして、こころをじっと眺めておもった。「ずいぶん焦っているな」

太陽が激しい昼、こころは頬杖をついて、からだをじっと眺めておもった。「ずいぶん無理をしているな」

月がまるい夜、からだはこころに言った。「こころを休んでもいいよ。からだだけで動く日があってもいいからね」

こころはほっとした表情で言った。「ありがと。でも、からだもたまには休みなよ。こころだけの日があっていいからさ」

からだとこころは握手をした。これからは、互いに協力しあって生きていくことに決めた。

 

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109

41秒のSF小説。

「ママ、お金ってどこからくるの?」5歳の紳士は空中バスの窓際に座って質問をした。「お金儲けが上手な人に降ってくるのよ。」母親は常温氷でできたブレスレットを、うっとりとながめながら答えた。「じゃ受け止めるために大きな袋が必要だね。」「ううん、お金は透明なの。触ることができないの。でも大昔は紙や金属でできてたらしいのよ。」5歳の紳士は目を見開いて食い下がる。「どのくらい昔?マンモスがいたくらい昔?」すれ違った空中タクシーには、専属のダイエット技師が乗っていた。(来週、体重を3キロ抜いてもらわなければ)母親は窓の外を見下ろして遠い目ををする。「そこまで昔じゃないけど、お金を触ったことがある人は、もう誰も生きてないのよ。」夜のTOKYOは街じゅうが紫色に輝いていた。「ほら、今日はパープルデーよ!綺麗ねー。」

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com