低血圧な午後のブルース。
人生のモラトリアム期間であり、大人の男になるための訓練であり、ひとの痛みを知るための1ページを、いま僕は過ごしている。
早く言ってしまえば、大学浪人をしている。何度目かの台風が過ぎて、夏が陰りをみせた予備校は、いつにも増して眠かった。(講師の声はいつにも増して大きかった)
3列前の左斜めに座っている女のコに目がいった。濃いオリーブ色の薄手のセーターを着ている。まだ誰もが“色あせた夏”に未練を残している中、彼女はふっと別の空気をまとっていた。セーターは繊細な彼女を繭(まゆ)のように用心深く包み込んで、下界のくすんだ空気に触れないようにしているようだった。
ショートボブの襟足からつながる細っそりした首のラインが「もう秋だよ」と、自分だけにささやいた、気がした。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。