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野菜を狩りにいく。

喉も身体も水分を欲しがっている。いまはゴクゴクと飲み干す冷たい水ではなく、シャリっと噛みつくと口の中でプシュッと弾ける新鮮な野菜を欲しがっている。彼女はスーパーマーケットに入り、赤いカゴを掴みとった。

最初に目があったのは春キャベツ。やわらかそうな葉っぱは、密やかな夢をくるんでいるようだ。にょっきり芽を出してジャーン!とデビューしたアスパラガスは、アイドルみたい。セロリのフサフサの葉っぱは、オイルでさっと炒めてモリモリ食べてやろう。パンとハリのある元気なニンジンは、ポリポリ片手で味わおう。

BGMが“蛍の光”に変わったことも気づかず、彼女は野菜をカゴに収めていく。目は爛々と輝き、口角は少しだけ上がっている。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com