秘密の旅。
特訓の甲斐があって、僕はひとりで自転車に乗れるようになった。ペダルを踏み込むと、軽やかに旅が始まった。いつもの風景が後ろにすっ飛んでいく。散歩の犬も、学校帰りの中学生も、スイスイと追い越していく。まっすぐに駅の方へ向かっていたけれど、いつもとは違う角を曲がってしまえ。初めて見る小さな公園、初めて見るドーナツ屋さん。僕はペダルをぐんぐん漕いでいく。あぁ楽しい。でも、日が落ちてきたからそろそろ帰らなきゃ。方向を間違えているのか、大通りが見えてこない。漕いでも、漕いでも見えてこない。僕の身体の中心は、ふわふわと頼りなく波打っている。あたりは暗くなり、風がつめたくなってきた。僕はついに自転車を止める。知らない家からオレンジ色の灯りがもれ、テレビアニメのエンディング曲が聞こえてくる。一体ここはどこなんだ。もう家族とは一生会えない気がして絶望する。顔を上げると、視線の先に大通りの風景がかすかに見えた。僕は疲れ切った脚を必死に回転させて、大通りへ出た。馴染みのある街並みに、涙がにじんできた。そしてこの出来事は、一生誰にも言わないと誓った。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。