フライトが終わったら。
彼女はホテルの部屋に入ると、ブルーの航空バッグを革のソファーに放り投げた。赤い口紅と白い封筒がカーペットの上に落ちる。航空会社のバッジがついたジャケットのボタンを外しながら、白い封筒の中身を確認する。 “あなたに一目惚れしました”とイタリア語で書かれた、乗客からのラヴレターだった。(よくあることだった)
バスタブにお湯をはるために、スリップ一枚で浴室に進む。立ち昇る湯気が、機内で乾燥してしまった肌に染み込んでいく。呼び鈴が鳴る。厚手のバスローブをはおり、夕食を受け取る。銀色のドームカバーをあけると、ほうれん草のソテーとヒレ肉のステーキ。シャンパーニュの瓶の下には白いカード。“ホテルをクビになってもあなたとデートがしたい”というメッセージが、フランス語で添えられていた。(よくあることだった)
クリーム色のぽってりとした電話機が鳴る。「ぼくだよ」と、彼女よりずっと年下のあまい声の持ち主。「あいしてる」ブロンドの髪の毛を掻き上げながらささやく。「ぼくもあいしてるよ」棒読みのような言い回しに彼女の胸はときめく。「はやくあいたい。わたしがあいしてるのは、あなただけ」もう一週間も会えない3歳になる愛息の声を抱きしめる。
*「電車は遅れておりますが」 は毎週火曜日に更新しています。