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エレヴェーターミュージックの罠。

商談はホテルの高層階にあるラウンジで行われた。髭をたくわえた、腹部が出っ張った、オニキスのカフスをしたビジネスオーナーは、最後まで首を縦に振らなかった。しかし依頼主は、オーナーのこころの中が透けてみえるようだった。すでに答えは「YES」に決まっているのだ。ただ単に、じらしているだけのことだった。二人は席を立ち、エレヴェーターホールへ歩き出す。チン!という金属音とともに、エレヴェーターのドアが開いた。ヴィンテージの家具をおもわせる、木造りの壁が輝いている。赤い絨毯にはホテルのロゴマークが記され、天井には暖色系のランプが仕込まれていた。二人きりの空間に、エレヴェーターミュージックの存在が際立った。曲はポール・モーリアの「恋はみずいろ」だった。ビジネスオーナーは、遠い目をして聞き入っていた。彼は青春時代のあまく切ない気持ちに浸っていた。駆け引きなんて知らなかった、あの頃の自分。エレヴェーターは一階に到着しドアが開いた。その瞬間「やはりあなたと組みたい。私の率直な気持ちだ。」とオーナーは言った。エレヴェーターミュージックは、ビジネスに効く。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com