352

まだ、無題。

感覚が、身体を追い越していく。湧き上がるメロディを譜面に書き留めようとするが、どうしてもずれてしまう。もう我慢できない。苛立った彼は、鉛筆を放り投げる。10本の指は、白と黒の鍵盤の上を駆け巡りはじめる。自分の想像力を遥かに超えた音楽。自分が弾いているのではない。天と交信して弾かされているのだ。彼はそんな時の“自分の置き場所”を知っている。自分の姿を消すのだ。いや、確かに自分は居るのだが、何にも偏らず浮いている感じ。指が勝手に奏でる音の真ん中で、ただただぼんやりと呼吸をしている感じ。そこで卑しく自意識を持ち出すと、指は定型文のようなピアノ演奏に成り下がるだろう。芸術は孤独?もはや孤独の先には、本物の自由が待っている。決して誰も触ることができない、自由が。タイトルなんてつかない、自由が。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

1
TOP
CLOSE

電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com