ヒップスターの悲劇。
当時、彼女が羽織っていたツイードのジャケットは、古着屋で選び抜かれた一着であったし、スクールガールをおもわせるボックスタイプのミニスカートは自身による手製のものだった。長い前髪を横に分けてピンで留め、そばかすを活かしたライトなチークにダークなルージュをひき(口紅だけはゲランにこだわった)、童顔の甘さを抑えたシックな印象にまとめ上げていた。彼女はこの街のピップスターだった。無名のカリスマ。誰もが彼女のルックを真似しては叶うことなく、鏡の前で落胆のため息をつくのだった。彼女は金では買えない「センス」という財産を持ち合わせていたのだ。しかし5年後、この街に現れた彼女は大富豪との結婚により大きく様変わりしていた。目を覆いたくなるほど眩し過ぎる時計とジュエリー、一目でわかるブランドのロゴマークが盛大に貼り付いた服とハンドバッグ、ピンピールにはダイヤモンドの粒が埋め込まれていた。高級車か自家用ジェットでしか移動しないため、贅肉も浮き上がっている。眼差しの鋭さは消え去り、トロンとした受動態の気配に変わっていた。彼女は金で買えない「センス」というものを、金によって失ってしまった。あるいは金によって、センスのバランスを崩してしまったのだ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。