324

雑誌をめくる心臓の音。

この日が来るのが待ち遠しかった。いつもの本屋のいつもの場所に、その雑誌は平積みしてあった。熱々のスープを運ぶように、両手で雑誌を扱いお金を払う。さぁ行き先は決まっている。いつもの喫茶店だ。朱色のヴェルヴェット製のソファに座ると、すかさずブラジル(コーヒー)を注文する。一度呼吸を整えて、テラテラと輝く表紙を指の腹でなでる。ゆっくりとページをめくると、サングラスの広告が載っていた。ストライプのパラソルのしたで、リラックスしている男女がいる。さらにめくると、目次が目に飛び込む。あらかじめ内容を知りたくなかったので、目次はスキップした。特集記事がはじまった。「飛行機に住む、それはいいアイデア」というキャッチフレーズ。どうやらいろんな飛行機に乗って、世界中を旅する企画のようだ。パンアメリカン航空の機内食の写真は、興味深かった。ブルーのロゴマークが入った白い箱と、やはりロゴマークが入った白いマグカップ。見開きで贅沢に見せている。左下にレイアウトされている小さな写真で、白い箱の中身がハムサンドであることがわかる。ブラニフ航空のバーカウンターの写真も素晴らしかった。バーテンダーになりきったスチュワードが、グリーンのカクテルを乗客に差し出している。子どもたちはチェリーが乗った白いシェイクを、ストローで飲んでいる。(なにひとつふこうなことはおこらない)そんなイメージが誌面から浮かび上がってくる。目の前にブラジルが届いた。唇を火傷しないように気をつけながら、ひとくちすする。もう一度、深呼吸。一番楽しみにしているのは、辛口映画評論のページだ。シネフィルたちからの支持が真っ二つに分かれる、思い切った評論が大好きなのだ。いったん雑誌を閉じる自分がいる。心臓の音がおさまるまで、しばらくブラジルだけを味わうことにする。

*雑誌の内容は架空のものです。あくまでも理想の雑誌です。

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

1
TOP
CLOSE

電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com