灯り係。
女は街じゅうに灯りを点けてまわった。犬の散歩道にも、アコーディオン弾きの三叉路にも、古いタイプのネグリジェが釣り下がったショーウインドーにも、レンガ造りの安宿の入り口にも、女は次々に灯りを点けてまわった。そのたびに人々はハッとしたように顔を上げ、考え事をやめてしまうのだった。あの部屋にも、この部屋にも、ロウソクの灯りがまたたきはじめた。人々はビールの栓を抜き、豆料理を炊き、笑い声までわかせた。人々は答えの出ない問題にしがみつくのをやめて、ちいさな灯りの方へ歩き出した。女は街じゅうの空気を深く吸い込んで、ゆっくりと出す。女の胸の奥に灯りが点いた。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。