ヘビーな軽食。
サンドイッチでもつまめる店はないかしら。昼食を食べ損ねてしまった彼女は、何かを胃袋に入れておきたかった。風でめくれるスプリングコートの襟を直しながら、都会のビルの谷間を彷徨っている。小さなカウンターだけの店に目が留まる。白いエプロンをしたふくよかな女性が、長い食パンをナイフでカットしているのが見えた。透明なガラスのドアを押す。「サンドイッチと熱いコーヒーにしますか?」注文しようと思っていたそのものだったので、(もちろん)お願いします、と答える。出てきたのは、薄いパンで作られた理想的なキューリのサンドイッチだった。(秘め事のある彼女は、大きな口をあけて頬張る気分じゃなかったから)コーヒーをひとくち。酸味の強い彼女好みの熱いコーヒーだった。「あなたの内面、わかる気がしますわ」ふくよかな女性は彼女の目を見て言った。「あなたはこれから、長年つきあってきた恋人に別れを告げに行くのね」あまりにも図星だったため、彼女は言葉が出てこない。「あなたは2ヶ月後、必ず後悔する」大通りを走るサイレンの音が、路地裏のこの店にまで伝わってきた。「どうしてわかるんですか?」つい挑戦的な口調になる。ふくよかな女性は、皿に盛られたサンドイッチに指をさして言った。「あなたの新しい恋人は大嘘つきよ。この薄いパンのようにね。今は中身を隠してるけど」彼女は2個めのサンドイッチから指を離した。確かに新しい恋人は、ここ1週間くらい上手く連絡がとれない。何か嫌な予感もしていた。それでも新しい恋人のミステリアスな部分に、どうしても惹かれていく自分がいる。ふくよかな女性はカウンターから姿を消していた。窓の外ではビル風が大きく吹いている。彼女の胃袋はもうこれ以上、サンドイッチを受けつけなかった。
*ついに300話まできました!!ふらりとこの場所に立ち寄ってくださるあなたに、感謝!!!電車は遅れておりますが、ガタンゴトンとこれからも続けていきます。いつもありがとうございます。
シラスアキコ
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。