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いちご買って帰ろ。

春のまだ冷たい風を受けながら、私は交差点で信号待ちをしている。紺色とグレーで組み立てた、私のシックなファッション。何にでも合わせられるようにと、アクセサリーや靴も賢く選んでいる。部屋のインテリアもそうだ。飽きのこない落ち着いた空間にしたくて、白やベージュで統一している。(私は無駄なことが大嫌いだから)夕暮れの空に浮かび上がる赤いシグナルを、ぼんやりと眺めていると。「赤が足りない」とおもった。私には、赤が足りない。本当は変わりたい。空気なんて読みたくない。思うままに生きてみたい。自分の殻を破りたい。今まで見て見ぬ振りをしてきた気持ちが、こころの一番奥からあふれてくる。信号が青に変わると、私は一歩を踏みだした。デリカテッセンの前で立ち止まる。真っ赤ないちごと目があう。そうだ、いちご買って帰ろ。やんちゃなほどに赤く染まった、ぷっくりと艶めくいちご。私に食べさせてあげよう。私を目覚めさせてあげよう。

 

*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。

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電車は遅れておりますが

ふわっと映像が浮かんで、
こころが6.6グラム(当社比)軽くなる。
ワンシチュエーションでつづる、
シラスアキコのショートストーリー。

自分がジブンにしっくりくる感じの時は、気分がいい。
こころと身体が同じ歩幅で歩いているのがわかる。
いつもこんな感じで生きていきたい。

でも、かなりの確率でイライラと聞こえてくる
「お急ぎのところ、電車が遅れて申し訳ございません」。

そんな時は“ここじゃないどこか”に、
ジブンをリリースしてしまおう。
きっと気持ちの針が、真ん中くらいに戻ってくるから。

シラスアキコ Akiko Shirasu
文筆家、コピーライター Writer, Copywriter

広告代理店でコピーライターとしてのキャリアを積んだ後、クリエイティブユニット「color/カラー」を結成。プロダクトデザインの企画、広告のコピーライティング、Webムービーの脚本など、幅広く活動。著書に「レモンエアライン」がある。東京在住。

color / www.color-81.com
レモンエアライン / lemonairline.com
contact / akiko@color-81.com

◎なぜショートストーリーなのか
日常のワンシチュエーションを切り抜く。そこには感覚的なうま味が潜んでいる。うま味の粒をひとつひとつ拾い上げ文章化すると、不思議な化学反応が生まれる。新たな魅力が浮き上がってくる。それらをたった数行のショートストーリーでおさめることに、私は夢中になる。

イラストレーション
山口洋佑 / yosukeyamaguchi423.tumblr.com