二度目のピーク。
白か黒か一瞬だけ指先が迷った末、彼女はシュガーポットから黒砂糖のキューブをつまみ上げ、ブラックコーヒーに投入した。スプーンでかき混ぜることはせず、ただ黒い液体に沈んでいく黒砂糖に想いを馳せる。黒砂糖は細胞分裂しながら、最後は無になるのだ。自らの甘みを散りぢりに飛ばしながら、いつかは居なくなる。彼女は女優としてのピークを迎えていた。いや、もっと正確に言えば、ピークの終わりの始まりにいる。映画監督もスポンサーも熱狂的なファンも、まったくそのことに気づこうとしない。“冷たい水のような透明感”と謳われた素肌は、もうとっくに生温かく濁り始めているし、“音楽のように自由な演技力”は感性の残り火だけでまかなっている。サングラス越しに見えるモノクロームの空には、次々に飛行機が消えていく。パリ行きのアナウンスが、繰り返し響いている。彼女はこれから30年間姿を消す。誰にも居場所を言わずに。そして30年後、変わり果てた姿で銀幕に戻ってくるのだ。二度目のピークはそのときだ。次こそは、自分の意志で舞台に立つ。初めて女優になれるのだ。
*「電車は遅れておりますが」は毎週火曜日に更新しています。